スコットのプロポーズ・5
「そうだな、いつでも来られる。――ようやく折り合いをつけたか」
いつになく柔らかな声。
なんの事? と聞き返そうとして気がついた。明日の食べ物さえなかったあの暮らしや、母の事だ。
急な変化について行けず、心のうちに封じてきた。解くきっかけはクロエでも、ずっと気にかけてくれた坊ちゃまやおじ様、変わらぬ友情を約束してくれたジャスパー、カミラがいてくれたからこそだ。
今は思い出しても苦しくはない。苦くはあるが、大人になれば誰しも何かしら抱えているだろう。それがわかるくらいの齢になった。
「今考えても、やっぱり間違えたと思う。他にもっとやりようはあったの。でもあの時の私には、ああしかできないのも本当。この体で戻れるなら別だけど、あの日をやり直すだけなら、きっと何度しても結末は同じだわ」
エドモンドは、そうだともそうでないとも言わない。
リリーは顔を上げて、腕の長さ分距離を取った。聞いてもいいだろうか。
「坊ちゃまも、あれで良かったと思ってる?」
「親は子より先に死ぬものだ」
静かな表情で淡々と告げたエドモンドは、リリーの身体を軽く抱いてそのまま立ち上がった。
「そろそろ行くか。日が沈んでしまえば、ここに用はない。お前を早く温めねば凍りつく」
寒いのは坊ちゃまも同じだと思うのに。
「食事は暖炉の近くでとれるよう部屋を手配してある。運ばせれば、テーブルマナーも必要ない」
目つきから、マナー講座の件をからかわれているとわかる。それでも。
「坊ちゃま、優しい」
気持ちがうまく言葉にならず、リリーはそれだけを返した。
「私が優しいとは思わないが。お前が言うのなら、そうなのだろう」
手を繋いだままでエドモンドが先に立って歩き出す。
「坊ちゃま、抱っこされたい」
無理は承知で言うだけ言ってみたリリーに、「ここでは危ない。ふたりで落ちたらどうする」と、にべもなく断るエドモンド。
「言ってみただけ」
さすがにこの階段でしてもらえるとは、思っていない。少し甘えただけだ。
「後にしろ。後からなら、いくらでも抱いてやる」
美声が薄暗がりに響く。
「……坊ちゃま、なんだかヒワイ」
「お前が言わせたのだろう」
「だいたい卑猥の意味を知っているのか」と疑う声を聞きながら、絶対に届かない声でこっそりと呟いてみる。
「坊ちゃまが大好き。なぜなら優しいから」
昔もこんな事を言ったんじゃなかったか。あの頃から、坊ちゃまがずっと好き。
「お前が後ろだと危なくて仕方がない。やはり抱えるか」
「大丈夫!」
今度はリリーがお断りした。もう大きくなったから、自分の足でついていける。




