貴公子は紳士倶楽部で密談する・3
ふとエドモンドが表情を変える。
「私の考えが浅いか。そんな事は承知の上で、他家に行かれるよりはと手元に置き、真意を見極めようとしておられる」
グレイ侯は瞬きひとつしない。
「そうでないなら。私の耳には入らない何かの策であるのに、差し出口を挟んでいる。ならば、部外者が出過ぎた真似をしたと、謝罪せねばなるまい」
薄暗くてもわかるほど侯の顔色は悪く、冬だというのに額にはじわりと汗が滲んでいる。
「ずいぶん侯のお時間を取ってしまった。旧知の事実ばかりで目を通す必要はないご様子ながら、そちらはお渡ししておこう」
何の感慨も含まない平坦な声調で、一枚目から進まない事を指摘したエドモンドは、飲みきったグラスを小卓に置くと、手袋に指を通した。
「お望みは……、何かお望みがあっての事でしょう」
絞り出された声に合わせて、一瞥する。権勢を誇る、自分より少し小柄な男の弱点は、まさかの娘だった。別れさせるかと思いきや、エドモンドの推察する限り、秘密を抱えたまま今まで通り音楽家として雇っておくつもりらしい。
それならそれで都合が良い。
「他からお耳に入り侯のお立場が悪くならぬよう願っただけのこと。むろん他言するつもりは無い」
「では、せめてお礼をさせて頂きたい」
「そこまでおっしゃるなら」
エドモンドがステッキを取り上げた。
「父兄と私とで意見の割れた日には、静観願いたい」
「――それだけ、で宜しいので?」
疑って眇められた目に、エドモンドは社交用の笑みの返した。
「侯が静観の構えを見せれば、追随する家は多々ある。それだけの影響力をお持ちだ」
返事がないのを了承と受け止め、グレイ侯の脇を通り過ぎる。
「それはご婚姻に関して」
「限定は無しにしてもらおう」
一矢報いたつもりらしい相手に、エドモンドは肩越しに、極上の微笑を見せた。
「貴家の後嗣は極めて優秀だと聞く。侯家の安泰は約束されたようなものだ。ジャカランス嬢のお子と領地でお過ごしになる時間は、侯にはいくらあっても足りないのでは? 子供の成長は早く、後継教育に間違いがあってはならない」
後継の孫が、夫となるジャスパーの子ではないと知っている、と匂わせる。そして音楽家は侯自身で見張るべきだと考えを伝える。
グレイ侯の頬がひくつくのを目にして、エドモンドはゆるりと扉を出た。追い詰めて余計な恨みをかう必要はない。
報告書の後半を渡さなかったのは、あえて。知りたければ頭を下げてくるなり、自分で調べるなりすればいいが、そのどちらもしないという予感がある。
知りたくないものは見ない、それも生き方のひとつだ。軍の要職につく人物がそれでは問題があるように思うが、存外そんなものかもしれない。
廊下を歩みながらステッキを握り直すエドモンドの視線の先では、ロバートが頭を下げていた。




