花売り娘だった頃・5
「まあ、結婚して子供を産んだら見せにくればいいんじゃない?」
返答に困る事をなんの気なしに口にされて、リリーが目を泳がせるとクロエは面白そうな顔をした。
「なに、そっちはさっぱりなの? お子ちゃまねぇ」
いえ、することはしていて……などと本当の話はできない。ますますからかわれそうだし。
結婚も子供も現実味が、まるでない。
「そんなのいつになるか分からないから、職について落着いたら挨拶に行く」
みんながどう思っているかを知ったから怖くない。それはクロエのおかげだ。
「結婚したら、教えて。お祝いするから」
「そんなの、今くれてもいいのよ」
それならとリリーはポケットに手を入れた。
「今日は馬車賃くらいしか持ってないけど……」
それでもあげようとすると、クロエが笑って止めた。
「冗談。泣けてくるほど勉強しないともらえないお金を、あたしが取り上げるわけにはいかないよ。あんたも貧乏だってわかったら」
「そこまで貧乏じゃないわ」
強く否定すると、やれやれと肩をすくめられた。
「あんたは昔がヒド過ぎたから、貧乏の基準がおかしいのよ。あんたんとこのアレは極貧っていうんだからね」
まさか。リリーは口をパクパクとさせた。確かにうちよりお金のない家は、見たことないけど。
「とにかく、お金がなくなったり何か困ったら、あたしのトコでもトムのおばさんの所でも、駆け込んで来なね。少しくらいなら、なんとかしてやるから」
会った時の喧嘩腰はどこへやら。花売りだった頃の力関係にすっかり戻ってしまって、お姉さん風を吹かせるのは見慣れたクロエだ。
きっと自分も少し生意気で目端が利くと言われたあの頃の顔をしているのだろう、と思わず笑うリリーの内側で、カチリと何か外れた感じがした。
わだかまっていたものや、押し込めていた何かは、そんなに重く悪いものでもない気がする。少なくとも今の自分になら。
「でも、出身を聞かれたら誤魔化しておきな。あたしやあんたには暮らしよくても、他人様から見たら近づきたくない場所だ。他所で昔の知り合いに会って知らん顔されても、気にしちゃいけないよ。トムのおばさんが『迷惑になるからリリーに近づくな』って、言ってまわってるせいなんだから」
それは前にトムからも聞いた。そのせいでクロエがあの態度なら逆効果に思える。それに今は貧乏じゃないと訂正したい気持ちもあるけれど、誤解がなぜか心地よくてそのままにしておく。
「あんた、こんなにサボってていいの? 仕事に戻らないと」
とうとう諫められた。
「うん、また来る?」
後片付けが丸々残っている。ここからが長いのだ。
「来る来る。あんたに会いに。昔からしっかりしてるのに、どっかぽやっとしてるからね、あんたは」
誰か見ててやらないと。クロエが真顔で言う。
この教会にいつもいるわけじゃない
けれど、それならまた会えるだろう。
言い聞かせる口調で告げられる。
「あんた昔からおかしな理由で泣くけど、あんまり我慢ばっかりするんじゃないよ」
「泣いたことない」
「ウソばっかり」
唇を尖らせて抗議するリリーを、クロエの笑い声が包んだ。




