花売り娘だった頃・4
にぶいねぇ、と言われて言葉に詰まる。
精神系の異能持ちとしては、誉められたことじゃない。
感情の好悪は分かるけれど好意の種類までは難しい。周囲の人の感情を片端から読んでいては疲れるし、振り回される。
と、自分に言い訳するリリーにクロエが問わず語りで、昔なじみの近況を教えてくれる。
トムのうちは三人兄弟が肉屋を盛りたて、おじさんは市場で大きな役を任されているそうで、何よりだ。
「母さんのこと、残念だったね」
あの後一度も会っていなかったクロエが、リリーの顔色をうかがいながら切り出した。
瞬時に身構えてしまった事に気づかせまいと、頬を少し上げて笑みの形にする。
「あんただけだから言うけど、良かったんじゃない? いい時に逝ってくれて。あん時は思ったよ、神様もたまには気の利いたコトするもんだってね」
そんな風に思った事はなかったと、リリーは目を見開いた。
母の評判は良くなかった。「私はあんた達とは違う」という、何を根拠にしているのか分からない人を見下した態度も、あまりの貧困ぶりを見かねて手を差し伸べてくれる人へのうがった見かたも、嫌われる要因だったと思う。
母のいない今、もし生きていたらと考えるのは推論でしかない。それでもクロエは今のほうがいいと、信じている。
それはいつの間にか握られた膝の上の手からも伝わってきた。
「おかみさん連中も言ってたよ、みんな。『あの子はまともな人にもらわれた方が幸せだ』って。『最期にジェニーはやっと母親らしい事をした』って言ってる人もいたくらいで」
「それはちょっと酷くない?」
そこまで言われると少し庇いたくなるのは、母親だからか。皆には「自ら招いたことだろう」と言われていると思っていたから、意外だった。
「トムのおばさんがチラっと、あんたが自分を責めてるって言ってたけど。やめなよ、そんなの。体の悪い親によく孝行したじゃない。充分だよ」
「――挨拶もしないで出てったきり、みんなの所に顔を出してもなくて」
ひとり逃げ出したようで、ずっと後ろめたかった。
そう言うリリーにクロエは小さく首を横に振った。
「そりゃ、あんたが来たら喜ぶけど、振り返ってる暇もないんでしょ。泣くの見てわかった。生半可な覚悟じゃ、真っ当な人とは渡り合えないんだね」
ずるずると地元で暮らすのは楽なんだと、自嘲気味に笑うクロエの言う意味はリリーにも理解できた。
確かにあそこを嫌って出て行ったのに戻って来る人は、いくらでもいた。馴染んだ貧民街は劣等感を抱かずに済み、生きていきやすいのだろう。




