花売り娘だった頃・2
スープが行き渡ったところで、リリーは近くの人に持ち場を託して、クロエを探しに行った。
配膳に結構時間がかかってしまった。とっくに食事を終えていたらしいクロエは、食堂ではなく礼拝堂の祭壇近くに、ひとり腰掛けていた。
「ごめん。すごく待たせた」
見つけて「いい?」とも聞かずに隣りに座ったリリーは、まず謝った。
「いいよ。どうせ今日は他にすることもないんだから」
お腹がいっぱいになったからか、先程より落着いた口調で言う。ホッとしたリリーは問いかけた。
「そうなの? 今はこの辺に住んでるの?」
まさか、とクロエが口元を歪めて笑う。
この教会が建つのは安定した収入のある人々が住まう地域で、リリーが花売りをしていた地区との間には、一般労働者が住む地区を挟む。
この界隈に多いのは、住み込みのオールワークスメイドをひとり雇えるくらいの家、とリリーは理解している。
「住み込みとか、ほら」
さすがにクロエが立派な紳士と結婚してこの地域に住んでいるとまでは言わない。と、思うのは失礼かもしれないけれど、花売りには良家の夫人は務まらない。
メイドになっていたとしても、大出世だ。
「違う違う。ここの炊き出しは豪勢だって聞いたから、わざわざこんな遠くまで来たのよ」
「あ――、そうね。私達のところは、パンと水だったもんね。たまに固いチーズ」
「腹のたしにはなるけど、それだけ」
「おいしくは、ないわよね。ありがたいけど」
当時にもしたような会話をする。
「それにしても、あんた。いい暮らしをしてるって聞いたけど、大した事ないね。噂はやっぱりアテになんないもんだね」
上から下までしげしげと見ての正直な感想にリリーは笑った。
今日は働くし水を使うから、汚れてもいいように濃い色の服に麻のエプロンをしている。メイドと言うより八百屋の売り子のような姿だ。
床に擦ると汚れるので、スカートは足首くらいのいかにも労働者階級の丈。坊ちゃまに言わせれば「まるで庭師の弟子」だ。
「充分いい暮らしよ。乾いた寝床があって、明日の食べ物の心配をしなくていい。学校にも行ってる」
母との暮らしを思えば、信じられない向上ぶりだ。水汲みもしなくていいし、パンのカビを削って食べなくてもいい。稼ぎが少ないといって当たり散らされもしない。
「でも、勉強しなくちゃいけないんでしょ」
「そう。他の人よりいい成績を取らないと、お金がもらえない」
奨学金の説明をそれで済ませると、クロエは唸った。
「それを『いい暮らし』って言うのは、あんたくらいよ。勉強するって聞いただけで、あたしなんて頭が痛くなる。昔からあんたは覚えが早くて字も読めたけど、ご立派な家のコより出来なくちゃいけないだもんね?」
少し話しただけでここまで理解するクロエも、頭がいいと思う。リリーは頷いた。
「苦労したねぇ。がんばったんだね、偉いもんだよ」
若いのになぜか年寄りくさい口調でしみじみと言われて、不覚にもリリーの涙腺がゆるんだ。




