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花売り娘だった頃・1

 教会の炊き出しに来る人に、いちいち「本当に食べるものに困っているのか」と、聞いたりはしない。

食べ物がなくても、仕事柄身なりは整えている事があるから、見た目だけで判断はできない。


 大公家のご婚約を寿ぎ、教会へ寄進があった。それにより臨時の炊き出しが行われることになり、スコットから手伝いを頼まれたリリーは、朝からエプロンをして教会にいた。



 今日の献立は具だくさんのスープ、ウインナーとキャベツの酢漬け、パンだ。スープ係として大鍋の前で、レードルを持つ。

 できた列のなかに、見覚えのある顔があった。少し不機嫌な様子で腕を組むのは、五年ぶりに会う花売り仲間のクロエだった。


 三歳年上で、リリーが仕事を始めた頃は、親身になって色々と教えてくれた。当時クロエのことを「早熟だ」と大人の言う意味は分からなかったけれど、仲間内では一二を争う稼ぎ頭だった。


 過ぎた歳月の分だけ大人になり、気の強さの前面に出た顔つきで、ちらちらとこちらを気にしているのは、リリーに気がついたせいだろう。少しずつ列が進んで、スープの前へと来た。


「器をお持ちですか。なければ、お貸しします」

 リリーが決められた通りに言うと「はん」と笑いで返された。


「あんた、知らん顔なの? それともあんな場所は忘れて暮らしてるってわけ?」

あざけるように顎を上げる。


「器をお貸しします。食事が済んだらその場に残したままで、かまいません」

「ばかにしてるの? 答えなさいよ、リリー。私はずいぶんあんたの面倒をみてやったと思うけど」


大きくなった声に、リリーは仕方なく答えた。


「もちろん覚えてるわ、クロエ。お世話になったのは忘れてないし、感謝もしてる」

「どうだか」 


 喧嘩腰の相手にわかってもらうのは、忍耐を要する。リリーは出来るだけ丁寧に話した。


「してる。今は仕事中だから、話していられない。クロエの後ろにも人がたくさん並んでいるもの。時間があるなら、待っててくれる?」


へえ、と小馬鹿にしたように、真っ赤に彩られた唇が動く。

「お嬢様になっても、私なんかと口をきいてくれるんだ」


「お嬢様はなるものじゃなくて、生まれた家によるのよ。後からお嬢様にはなれないの。一区切りしたらテーブルに行くから、食べて待ってて」 


 器に多めによそって差し出せば、クロエは存外おとなしく受け取り、ウインナーとキャベツをのせる列に加わった。


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