兄弟殿下・2
エドモンドが軽く顎をひいた。
「実行したのはオーツだ。かの国と香辛料の取引きがあるのはオーツの店だ。売り上げが伸びて、オーツにも悪い話ではない」
「まさか、感冒を他人のせいにするとはね」
「ありそうなことだ」
吐く息で笑うタイアンに、エドモンドは気持ちののらない表情で返した。
感冒の流行には周期がある。この二年流行っていなかったから、今年流行るのは驚く事でもない。ただ、それを他国人――タイアンの婚約者と結びつけた者がいる。
「行き過ぎた愛国心を持つ者か、お前を嫌う者だろう」
「辛辣だね、エドモンド」
タイアンが、苦笑する。
「愛国心は良く言い過ぎじゃないかな。兄の妃は公国人だ。僕が他国から妻を迎えるのはバランスがいいのに、それが分からないのだから。それはそうと、珍しいね。僕達は頂きに立つ。こういった策は取らないものだけど」
セレスト家は特異な能力を持つ上、一族の結束も固い。よって世論操作や小細工を弄しない。
「流れた噂のもとを辿り潰すのは容易いが、それまでにお前の婚約者の耳に入るかもしれない。歓迎されていないと気に病めば、機嫌取りが面倒だ」
言いながらわずかばかり口角を下げる。
「確かにそうだとしても、変わったね、エドモンド。いや悪い方にではなく、誉めている」
逆にタイアンは口角を上げた。
「もう三十だ。どのような策も取れるようになっていい」
「僕には無理そうだ」
「だから早耳のファーガソンがお前についているんだろう」
タイアンがちらりとマントルピースの上に置かれた時計に目をやった後、姿勢を正した。正面から向き合う。
「この礼は、いずれまた」
「いや。イグレシアスの滞在時には何かと手間をかけた。礼の礼は不要だ」
面倒そうに口にするエドモンドに、「そういうことなら、婚約祝いとでも思っておくよ」と引き「ひとつ聞きたいことがある」と、タイアンが真顔で続けた。
「姫君は若い。僕なんかはおじさんに見えるんじゃないかと案じているんだ。エドモンドなら、年若い女の子に好かれるコツを知ってるよね。是非教えてもらいたいのだけど」
露骨に嫌な顔をする兄に、弟が心から楽しげに笑う。
「そんな顔をしなくても、僕はエドモンドの味方だよ」
「婚約者がお待ちかねだ」
取り合わず迷惑だと言わんばかりに、目で扉を示す。
「はいはい。でも、本当に感謝する」
「さっさと行け」
冷たく言い放つエドモンドに「広間には一緒に出る手筈だから、扉の前で紹介する」と言い置いて、タイアンは軽い足取りで出て行った。
噂の出どころを聞かなかったのは、興味がないのではなく、既に突き止めているから。その方面に関してファーガソンは有能だ。
下手に手を出しては騒ぎが大きくなると考え、静観していたのだろう。
エドモンドは、「タイアン殿下の種を宿した」と言う令嬢が出てきたと、先月の狩猟パーティでエレノアから耳打ちされた。
実際はタイアンの妻になりたい令嬢の嘘。確かめてそんな事実はないと突きつけ、噂になる前に潰した。
本人は知らぬことだが、事後ロバートよりファーガソンに伝えた。これくらいしておけば、貸し借りなしだ。
「そろそろか」
エドモンドは懐中時計を確かめ、扉を開けた。




