冬の入り口・1
日曜の夜に学院まで送ってもらったリリーは、馭者の「荷物を寮まで運びます」という申し出を断った。
いつもは目立たないよう少し離れた場所で降ろしてもらうけれど、今夜は重いので門前だ。
このあと館へ戻り次第、坊ちゃまを公都まで乗せるときいては、ここで時間を取らせるわけにはいかない。
「鍛えているから大丈夫」と言うと、「その細腕で」と言いたげに笑ういつもの馭者に、リリーも「ふふっ」と笑い返す。
「ありがとうございます」と礼を言い、リリーを見送ることなく馬車を出したのは、やはり急いでいたのだろう。いつもとは逆にリリーが去っていく馬車を見送った。
歩き出すと荷物は予想以上に重く、指に食い込んだ。籠の底が重みでたわんでいると感じるのは、気のせいじゃないと思う。
どういうわけか、今日に限り坊ちゃまが昼寝に誘い、午後はずっとベッドで過ごした。その後お湯をつかって戻ってきたから、ふわふわとした気怠さが抜けない。
それでも「うんしょ、うんしょ」と声まで出して、途中から両手に持ち替えてようやく寮の前庭まで来た。
門からここまではけっこう遠い。広い敷地なんていいことはないとリリーは認識を新たにした。
さて。一旦花壇の縁に籠をおろして、自分も隣りに腰掛ける。
すでに肘も腰もギシギシする。ここから四階まで籠を持って上がるのは難題に思えた。
中身を二回に分けて運ぶのが現実的かもしれない。それをしようと思うと、部屋まで籠なり袋なりを取りに行かねばならない。いや、それより半分をここに残して。どちらにしろ骨の折れる話だ。
座ったら正直動きたくない。お尻に根が生えるとはこの事だと実感するうちに、温まっていた身体が冷えてきた。
リリーは首をひねって、背にしている建物を見上げた。ここで過ごすのもあと五カ月で、三月には寮を出る。
四月からは坊ちゃまの所有する集合住宅の一部屋を借りることになっている。行儀見習いは変わらず続けるし、軍部の内定はもらっているので職に困りもしていない。
それでも何となく寂しいのは、学院にすっかり馴染んだ証だろうか。
部屋にそれぞれ人はいるのに、自分とはまるで関係がないよう。それを気楽に感じる一方で、弾かれているような気にもなる。
すっかり冷えきる前に立たなければと思うけれど、動きたくない。昔から寒くなる頃には、よくこんな事があったと、リリーは目を閉じた。
ほどなくして密やかな足音と共に人が立つ気配がした。
「こんなところで。体が冷えますよ」




