伯爵令嬢は語る・2
「幼い頃より『貴族以外の人と口をきいてはいけない』と教えられてきました。屋敷の使用人以外の平民とは、この学院に来るまで話したことは、ありませんわ」
リリーは驚きをあらわにしないよう細心の注意を払った。それで成り立つ生活とはどんなだろう、と思う。
「どこから何を聞いたのか、ある時父はこう言いましたの。『学院で正しい振る舞いをしているのは疑わないが、お前は数多い貴族の娘のひとりに過ぎない。しかし、奨学金を受ける女生徒は将来を嘱望される存在だ。お前とは歩む道が違うのだから、余計な口出しはせず、かまわないように』と」
それはいつ頃の事だろう、と考えるリリーをよそにマクドウェルは淡々と語る。
「まるで私より平民が貴いような、おかしな言い方。そう思われませんこと? 貴族の娘である私は、卒業すれば社交に身を入れ良き相手に嫁ぐ。父の言うように、歩む道が違います。本来ならば住む世界が異なる私とあなたは、巡りあうことなどなかったはず――本当に会わなければよかった」
レイチェル・マクドウェルは、ハッと小さく息を吐いた。
「知らなければ、平民など取るに足らないものとして過ごせたのに。自分の方が劣るなどと知らずに済んだのに。私は『伯爵の娘』から『卿夫人』と呼ばれるのに、あなたはリリー・アイアゲートと個人名で呼ばれる今後を想像して、心が波立つことも無かったのに」
マクドウェルは呪いの言葉のように一息に紡ぎ、リリーの口の動きを封じる。抑揚のきいた声調に圧倒されて、何も言うことができなかった。
「仲良くできるともしたいとも思わない、とグレイ様にお話したことがあります。高位貴族のあの方ならお分かりになるはずだから」
仲良く、誰と。平民と? リリーと。ジャスパーは何と返したのだろう。
話し疲れたかのように、唇をかるく噛んだマクドウェルが続ける。
「グレイ様は『頑なな考えは窮屈ではありませんか』とおっしゃっただけ。よくわからないわ」
平民と親しくするのは、これまでの教えを否定する事になる。マクドウェルのような名家では、そう簡単に考えを変えられる感じはしない。
けれど、口をきくのさえ嫌だった平民と話している――かなり一方的ではあるが――それは彼女が学校生活で得た変化なのだろう。
「卒業すれば、あなたの姿を目に入れずに済む。でもきっと、私の耳にも入るようなご活躍をなさるのでしょうね」
マクドウェルは泣き笑いのような奇妙な笑みを見せた。あなたが嫌いで、あなたが妬ましい。そんな感情を察知したリリーは、素知らぬ顔をする。彼女は正直な方なのだ。自分にも他人にも。
図書室の扉が開いた。
マクドウェルが瞬時にいつもの表情に変わる。
「お先に失礼」と口にし、入れ替わりに出て行く。
入室したのは見知らぬ生徒だった。お互いに目礼しつつ、リリーはふと気がついた。今の会話で私は何か言葉を返しただろうか、と。




