王国の聖女と平民の学院生・5
「奇跡」は言葉の響きからして、人を惹きつける力を持つ。常人の理解の及ばない不思議なもの。
ならば異能とどう違うのか。精神系の異能は理解不能とされる事も多々ある。が、リリーにしてみれば奇跡より異能の方が持続力があり、王国で奇跡と呼ばれるものほど稀ではなく、再現性も高い。
一度の奇跡ではなく二度の奇跡を聖女に求めるなら、一度ではまぐれと判断されるのだろう。力としては異能の方が安定している。
その前に、聖女の能力と異能を横並びにしていいものか。
「崇高なる聖女のお力に縋ろうとする者が絶えないのでは? リュイソー様を慕う信者は、さぞ多いことと思われますが」
思考に沈むリリーの隣から、ジャスパーがにこやかに尋ねる。この笑みはリリーの失礼を挽回する為のものだ。良いお友達を持って本当に有り難いと、心のうちでお礼を言う。
「奇跡は、聖女の力ではありません。神に選ばれし者により、神の御心が現されたものです。王国の民ならば子供でも知る事です。……私が聖女に任命されてのち、信者が増えたのは事実ですけれど」
「子供でも知っている」のあたりで一瞬リリーを見やり、あとはまんざらでもなさそうな表情をジャスパーに向ける。
「そろそろ」
聖女の後ろに控える男性の声をきっかけに、ジャスパーが「宗教会議の成功を願う」と述べ、聖女が「どうぞ本山へもお参りください」と返す。
離れ際に聖女の伏せた目が留まったのは、リリーの真珠の首飾りだった。
ジャスパーが椅子に腰を下ろすのに続いて一同着席し、「食事にしましょうか」の一言で、揃って緊張が解けたかのように皿に手をのばす。ごく簡素な食事は、話しながら食べるのにちょうどよい。
それぞれ会話が弾みだしたところで、ジャスパーがリリーに目礼した。謝られるようなことは何もない。むしろ謝るならこちらの方だ。
スコットはと見れば、人懐っこさを発揮して早くも隣席の学園生と何やら話し込んでいる。
リリーはジャスパーに少し身を寄せた。声を低くして聞く。
「どうかした?」
「握手をすれば、まだ分かる事があったかと思いますが、うまく運べませんでした」
聖女に興味がわいていたでしょう。と、わけ知り顔で指摘される。おっしゃる通りだ。言葉に詰まるリリーに、「手袋をしていらしたので無理はしませんでした」とジャスパーが続けた。
聖女は白い革手袋をしていた。手袋越しでは、優秀なジャスパーでも何かを感じ取る事は難しい。束の間ではリリーでもどうかというところだ。
「色々とありがとう」
「私はなにも」
ジャスパーがリリーを見てスコットを見る。
「あなたが悪魔祓いについて質問するのではないかとハラハラしていましたが、常識的な質問で本当に良かった」
質問しただけでも礼儀知らずだと反省していたのに、スコット込みでまさかそんな心配をされていたとは。
思わず口の開いたリリーに、ジャスパーは「本当に良かった」と繰り返し、すっきりとした笑みを浮かべた。




