王国の聖女と平民の学院生・4
聖女サンドリーヌ・リュイソーの後ろに控えていた男性が何事か耳打ちすると、しゃなりしゃなりとサンドリーヌが近づいて来た。
言い方に問題があるなら、優美な足取りと言いかえよう。下位貴族出身なのにまるで王女のようだ、と思うリリーは実際には王女など見たことがない。
リリーの隣に座っていたジャスパーが無駄のない動きで立つ。一拍遅れてリリーとスコットを含めて、卓についていた全員が立ち上がった。
「聖女リュイソー様、グレイ家後嗣ジャスパーが、ご挨拶申し上げます」
「ジャスパー・グレイ様、本日はようこそお参りにいらっしゃいました」
聖女はジャスパー以外には目を向けずに、ゆったりと返した。近くで見れば、完璧なお化粧と微笑は威厳さえ感じるが、さすがジャスパー、気にする様子もない。
高位貴族であるジャスパーの丁寧な言葉遣いは、聖女の地位の高さを物語る。
「このような機会を頂けましたこと、感謝申し上げます。同席する友人を代表していくつかお尋ねしたいのですが、お許し願えますか」
「ええ、もちろんです」
「浅学を恥じておりますが、リュイソー様が聖女となられた経緯をお聞きしても宜しいでしょうか」
おっとりと微笑んだ聖女が頷く。
「ある日唐突に神の啓示を受けました。『人の為になる事をせよ』と。その後私は、悪魔に憑かれた女性を救い、呼吸の止まった女性を生き返らせました。その二つの奇跡をもって、聖女と認定されたのです」
淀みのない口調の説明には、手慣れた印象を受ける。
スコットがちらりとリリーを見た。リリーもスコットをちらりと見返す。考えている事は同じだと思う。「まさかの悪魔祓いとは」完全に予想外だった。
他の男子生徒は揃って神妙に話を聞いている。平民の自分とは躾が違うと感心するのは、そういうところだ。
だから。本当は話しかけてはいけないのに、気が付かないふりでリリーは会話に割って入った。だって私は平民だもの。できるだけ無邪気な声を出す。
「リュイソー様は、方々で奇跡を起こして回っていらっしゃるのですか」
これはまた異なことを、と言うように、聖女に皮肉な笑みが浮かび一瞬にして消えた。
「いいえ。ご存知ないようですが、奇跡は極めて低い確率でおこるもの。滅多にないからこその奇跡です。聖女として私は、皆様と共に神に祈りを捧げる。それが使命ですわ」
聖女とは人に尽くすものではなく、神に仕えるもの。それすら知らないリリーの無知ぶりを嗤ったのが、先ほどの一瞬の笑み。
この会話から「聖女となるのにお人柄は重要視されない」と知った。これは坊ちゃまへの報告事項だろう。




