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貴公子は行儀見習いの機嫌を直したい

 真珠は「人魚の泪」と呼ばれる。漁師が採った貝より稀に見つかる海からの贈り物だ。


 それを人の手で作れないかと研究する人物を、留学中のエドモンドが訪ねた。購入するつもりだったが、まだ完成にはほど遠い状態だった。


 そこで目をとめたのが、研究用として収集された数多の真珠。エドモンド自らが選んだ七・八十粒を譲り受け、公国へと持ち帰った。


 帰国後それを宝飾店に持ち込んだのはロバートだ。店主にも職人にも「よくぞこれ程のものを」と絶賛された。

「ごく僅かに黄色味がかった光沢のある珠」としか思わなかったもの、それこそが真珠のうちでも最も価値が高いのだという。


「さすが、良い物に囲まれてお育ちのお方は、目が違いますな」の一言につきるらしい。

その真珠は、まず首飾りとなって届いた。






 エドモンドが鏡の前でリリーの首に留めてやる。


「これは……なに?」

指先で真珠をなぞりながら、真下を見るのに寄り目になったリリーが聞いた。初めて見たのだろう。


「目測でよくここまで選りましたね」と職人が驚いたほど粒ぞろいで、傷も少なく極上品。でも、貴婦人の反感をかう大きさではない。


「月の雫と呼ばれるものだ」

エドモンドが詩的な別名を教える。


「石? 石より柔らかくて、肌に馴染むみたい」

「石ではない。海で貝から採れる。お前の涙のようだろう、よく似合う」


 甘やかな台詞を口にし、リリーの肩に両手を置き目を細めるエドモンドは、理科室で泣かせて以来二週に渡ってリリーの機嫌をとっている。

 先週、同じ寝台で寝ることをきっぱりと拒否したリリーは、寝椅子で眠ると宣告してその通りにした。


「すぐに許すと付け上がるのが紳士という生き物です。お嬢さんが少しツンとするくらいで、宜しいのです」

と入れ知恵したのはロバートだ。


 本当にいいのかと、時折確かめるリリーを、ロバートは「その調子です」と励ました。



 先週は「子馬に乗らないか」と連れ出した。そして今日は届いたばかり首飾りを贈っている。これひとつでリリーの学費二年分だと知ったら、どんな顔をするだろうか。


「そろそろ機嫌を直せ」と言うエドモンドは、この状況を楽しんでいる。そうとは知らないリリーは「いつ『もういいよ』と言おうか」と迷っている。「エドモンド様は全くもって反省が足りていない」と思うロバートと、三者三様だ。



「もらっても、して行くところがないわ」


 女の子は美しいものが好きだ。真珠がリリーの肌を照らすように輝く。


要らないとは言わないのだな、と鏡越しにエドモンドがロバートに目配せしつつ口にした。


「それなら、して行くのにちょうど良い場がある」


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