学院の怪談・5
「そんなに泣くほど怖かったのなら、初めからやめておけば良かったのだ」
エドモンドは優しげに諭しているが、リリーから見えないのをよい事に、その顔にはっきりと愉悦を浮かべていた。
「ちがっ……違……」
「違う」と言いたいのだろう。ロバートは、リリーに心から同情を寄せた。見ていなくても、やすやすと想像がつく。
陽の落ちる前から理科室へ来たエドモンドは、ご丁寧に館で湯を浴びて薔薇の香りを落としていた。
その時点でロバートにはわかっていた。主はリリーを脅かすつもりだと。リリーは鼻が利く。香りで勘付かれないよう周到に身だしなみを整えたのだ。だからといって家令であるロバートは、主を止められはしない。
「私はここでアレを待つ。お前は姿を見せるな」
と楽しげに念を押し「反応が楽しみだ」などと珍しく笑みまで向けられて、ロバートには返す言葉もなかった。
きっと。あるはずの鏡がないことに困惑し、リリーの緊張は一気に増したはずだ。不安が高まるのを待って待っての後、エドモンドは「リリー」と呼びかけでもしたのだろう。
誰もいないはずの部屋で、声がしたら。それはもう跳び上がらんばかりに驚く。いや、リリーなら実際に跳び上がったかもしれない。
そして見た先にいたのは、エドモンド。恐怖と安堵がないまぜになって涙腺崩壊の流れだ。ロバートにしてみれば、リリーが気の毒で仕方がない。
なんと言っても、エドモンドが脅かさなければ泣かなくて済んだ話だ。
「ほら、もう泣き止め」
泣かせた張本人が命じる。散々楽しんで今も笑いを堪えているのは明らかなのに、悪趣味でいらっしゃる。
「お嬢さん、涙ふきなら私が持っておりますよ」
ロバートは優しく声をかけた。ばっとリリーが顔をあげる。泣き顔は子供の頃と同じで、これは可愛いと思う自分も、主と罪深さは大差がないと内心反省する。
「おじ様! 坊ちゃまが、坊ちゃまが」
訴えながら駆け寄ったリリーが、今度はロバートに抱きついた。乱れた髪を整えてやりながら慰める。
「分かっております。お悪いのはエドモンド様でございますね」
「坊ちゃまを叱って」
えぐえぐしながら、無理を言う。出来るわけがない、とは言えずに「分かりました。後ほど私から申し上げますので」と濁しておく。
無言で笑い飛ばすエドモンドが視界に入る。「好きな女の子に嫌がらせをするなど、いくつになったのですか」と申し上げたい。
それで納得したらしいリリーは、背中をトントンと子供をあやすようにしてやると、次第に落ち着きを取り戻した。
理科室に亡霊よりも悪質なモノが出たのだから、驚くのも泣くのも当然だ。
などと考えるロバートをエドモンドが「役得だな、ロバート」と、からかう。
「坊ちゃまとは、もう遊ばない」
疲れの滲むリリーの呟きに、ロバートは心から同意した。




