学院の怪談・3
「今の声は、アイア?」
カミラの肩がビクッと跳ねた。
壁を背にして座り込んだカミラの隣にいるのはロバートだ。気持ちが落ち着くようキャンディを与え、二人で「リリーの戻りを待とう」と話した直後に聞こえた叫び声。
「何かあったのでしょうか」
青ざめるカミラに「問題はございませんよ」とロバートは微笑してみせた。
リリーは「古くから伝わる話」と言ったが、公都中心部にあった学院が広い敷地を求めてこの地に移転して、まだ二十年。女子が入学するようになったのは、その後だ。
校舎の外観は旧校舎を模したので古そうに見えるが、設備も含めてその時の最新式のものだ。つまりリリーの語った「学院の怪談」は、根も葉もない噂話。
当然知っているはずのエドモンドは、それをリリーに教えなかった。ならば自分からは伝えられない。と、口をつぐむロバートに、主は「鏡の位置を確かめて来い」と命じた。
音楽室の鏡は、扉を開けると正面に位置する姿見だった。確かに知らずに入れば、映る自分の姿にドキッとする。
他の階段の踊り場にはない鏡が、なぜか西階段のその場所にだけある。不自然と言えば不自然だった。
そして理科室。鏡に向き合えば、真後ろの骨格標本が映り込む。背中に骸骨を背負った格好だ。断言できるが、本物の骨ではない。
ロバートから見ても、どの鏡も小さな違和感があった。それを子供達が感じとり、怪談に仕立てたのだろう。そう考えれば説明のつく話だった。
報告を聞くなり、理科室の鏡を取り払うようエドモンドから指示が出た。
主が亡霊など恐れるはずもない。精神状態が不安定になったリリーが、鏡に映った自分の顔に母を見いだすことを避ける為だ。
先日、リリーがなかなか浴室から出ないと、エドモンドはためらいなく扉を開けた。
リリーはとうにバスローブを着ていて、鏡の前で難しい顔のまま立ち尽くしていた。
「何をしている」と問うエドモンドに、「坊ちゃまは、母さんを見たことある?」と聞く。その間も鏡から目を離さない。
あるのだったかと考えるロバート。
「それがどうかしたか」
「似てきたな、と思って。こうやって顎をひくと」
ほら、と言うリリーは、やはり鏡から目を離さない。
「ね? 男の人に色目をつかっていた母さんにそっくり」
「色目」という言葉に思わずロバートがリリーを二度見すれば、エドモンドがリリーの目を片手で覆うところだった。
「似てはいない。娘は男親に似るものだ。母親とお前は髪の色からして違う」
本当は「父に似た子は幸せになる」だ。女と違って男は生れる子が自分の子だという確証がない。だからそのように言われるのだと、ロバートは解釈していた。そんな事はエドモンドも知るはずだから、あえて変化させたのだろう。




