ジャスパーとスコットの男子会・2
「先生のお部屋ではないわ。理科準備室だったもの」
多少きまり悪そうに言って、目をそらす。
ひとつ息を吐いたジャスパーは、アイアゲートを腕に抱えるようにして赤い髪のてっぺんに顎をのせた。
「準備室も先生の個人的な領域です。ふたりきりになるのは危険です」
「先生は理性的な方よ。職をかけてまで、こんな小娘に手を出したりするはずがないわ」
二十代後半のそれなりに人気のある理科教師とて、決して安全とは言えない、と考えるのはスコットも同じだろう。こんな薄着の美少女と酒量を競うように飲めば、魔が差して一瞬に人生をかけてしまってもおかしくない。
ジャスパーはもうひとつ思いついた。
「アイアゲート、あなた最初から先生のワインを狙って準備室へ行きましたね? 先生が毎晩そこで飲んでいると知っていて」
ぎゅっと肩口に額が押し付けられた。正解だと言っているようなものだ。
「顔を見せてください」
さらに下を向かれた。仕方がない、方針を変えて優しく聞こえるよう声を出す。
「叱りませんから。今までは誘われても、うまく断っていたでしょう。どうして今夜に限って」
上目遣いで様子を窺うアイアゲートの返事を、辛抱強く待つ。
「カミラが、ふたりが遊戯室で遊ぶって言ってた。お酒が入るとおしゃべりが楽しいかなと思ったの。街まで買いには出られないし、先生がワインをたくさん貯蔵しているのを知っていたから、一緒に飲んでお勧めの一本をもらったの」
呆れて声も出ない。それでも一言言わねばとジャスパーが体を離した瞬間。隙を狙っていたらしいアイアゲートは、子供がイヤイヤをするように身をよじると、腕を振り切りスコットの後ろに逃げこんだ。
「叱らないと言うから、正直に話したのに。叱るなら、もう仲良くしない」
背中越しの抗議に、スコットが笑った。
「これは、アイアゲートの勝ちだね。黒の王子の負けだ」
憮然とするジャスパー。盾にされたスコットが首をひねって聞く。
「一緒に飲む? アイアゲート」
彼女はもう酔っている、と無言で非難するジャスパーを物ともせずワインを軽く持ち上げて誘うスコットに、アイアゲートは首を横に振った。
「紳士倶楽部のお邪魔なんて無粋な真似はしないわ。私が体を張って手に入れたワインだもの、ふたりで楽しんで」
いたずらっぽく口にするアイアゲートに、ジャスパーはめまいを覚えた。
その目の毒になりそうな薄手の服は自覚しての選択。さすがにスコットもなんとも言いようのない顔をしている。
何をどう言い聞かせればいいのか。異能で危機を察知する事に長けているといっても、絶対はない。
「部屋まで送りましょう」
「いらない」
申し出たジャスパーに、アイアゲートは無邪気な笑みで言い放ち、スコットの横をすり抜けて扉へと駆けていく。
軽やかな足音はすぐに遠くなった。まるで子供だ。
どこかぎこちない空気のなか、スコットが笑い声をたてた。
「まったく、愛さずにはいられないね。カミラもよくそう言ってる」
黙りこくるジャスパーをよそに、手際よく開栓してグラスに注ぎ分ける。これきっと高いよ、と言いながらスコットはまだ笑っている。
「乾杯もする? 何に乾杯しようか」
受け取ったジャスパーの音頭を待つつもりらしい。少し思案して口にした。
「逃げ出した赤の姫君に、そしてスコットの愛しい姫君に」
グラスをかかげて、思い出した。一応スコットの耳に入れておくことにする。
「アイアゲートが、プロポーズは自分のいる所でして欲しいと話していました」
「なに!?」
スコットが目をむく。
「お伝えはしましたので、あとはご随意に」
社交用の微笑と共に丁寧に言い添える。
「ちょ、待てよ。ジャスパー」
スコットの焦り顔を見ながら、「飲みますか」とジャスパーは瓶を片手に持った。




