毛玉の告白・2
入学当初より確実に美しくなったアイアゲートの髪は、手入れも行き届いて艷やかだ。ジャスパーは、アイアゲート自ら髪を切ってしまった日を思い出した。
他人事として介入をためらった自分への戒めとして、あの日の衝撃は忘れないでいる。そんな事を考えていたら、目つきがきつくなったのか。アイアゲートが小首を傾げた。
「カミラも来年婚約しそうですか」
とっさにカミラを話題にしたのは正解だったようで、アイアゲートが目を輝かせた。
「それは、夏のお祭りか、二月の愛を伝える日か、三月の卒業パーティーで、『これから先も君の隣にいるのは常に僕でありたい』とか『君の瞳に生涯僕だけを映して欲しい』とか、スコットがカッコよく言うんでしょ。できれば私のいる所でして欲しいわ」
そんな気障なセリフをアイアゲートがどこで仕入れたのか定かではないが、現在スコットは幸せな悩みを抱えている。
先日も「あ―、どんな風に決める!? 一世一代だからね」と叫び、ついでのように「ジャスパーは、どうした? 彼女はどんな人?」と聞いてきた。
大人が決めた縁組なので、スコットが期待するような話はない。婚約も確認の為の形式的なものだ。それでもスコットが聞きたがるなら、アイアゲートも興味があるかもしれない。
「ジャカランスは」
毛玉を両手で包んで、ジャスパーは婚約者の名を出した。
「彼女は一族の集まりに参加するひとり、でした。少なくとも私にとっては、特別だったことはありません」
アイアゲートが身体をこちらへと向けた。それだけで聞こうとする姿勢が伝わる。
「私が五歳で彼女が十三歳、彼女について記憶している最初はその頃です。私から見れば彼女は充分に大人でした。さすがにまだ、私が婿入りなどという話は出ませんでしたよ」
「それはそうよね」
だって五歳だものね。アイアゲートが同意する。
「彼女が十七歳の時、侯は娘のために王国から音楽講師を招きました。かつて神童と呼ばれた彼は、その頃には才能ある若手音楽家のひとりだったそうです。作曲家でありピアノ演奏家の彼に、ジャカランスが夢中になるのに時間はかからなかった」
そんな事を子供が知るはずもない。ジャスパーも成長してから聞いた話だ。
「『ジャカランスのために』と曲まで捧げられては、なびかない女性の方が少ないかもしれませんが」
好奇心もあらわにうずうずしているアイアゲートは、質問したいのだろう。その様子が可愛らしく思える。ジャスパーは「どうぞ」と目で促した。
「見た目はどんな先生なの?」
「意思の強い目をした芸術家です。彼がピアノを弾くと明らかに音の厚みや幅が変わる。別の楽器に思えますよ」
「おうちの方は止めなかったの?」
「グレイ家は、というより貴族の家は親と子では生活時間も違います。気がついた時には、そういった仲になっていたようです」




