毛玉の告白・1
ジャスパーが食事を済ませ部屋に戻ると、テーブルの上に丸い毛玉がひとつ乗っていた。留守中に忍び込むのは赤毛の同級生だけだ。
手のひらに毛玉をのせて、じっくりと見る。目鼻がついているが、はたしてこれが何なのか理解しかねた。
何でもできるように見えるアイアゲートは、料理――特に切る事――と絵を描くことが不得手だ。体術の代わりに今年は剣術をとり、細い剣を使用しているが、ナイフで果物を切るのに比べれば剣の方が危なげない。
アイアゲートの毛玉なら、ただの毛玉ということは無いだろう。ジャスパーは指先に神経を集中させた。
「忘れないで」違う。「ここにいて」違う。これは「願い」ではなく別のものだ。考えるより本人に聞いたほうが早い。ジャスパーはアイアゲートの部屋へ向かった。
比べ物にならない程狭い部屋で、アイアゲートはランプの灯りの下、書き物をしていた。自分は椅子に座っているからベッドに座って、と言う。
女子の部屋でベッドに腰を下ろすことの是非は、考えないと決めている。
ジャスパーにとってはある意味慣れたベッドだ。アイアゲートが「眠らせて」異能を使う時には、何かしらの記録をつけているようで、半裸にされた上で両手を押し当てられた日もあれば、ベッドに横倒しにされ上に乗られた日もあった。
「内容による? 量? 接触面積……。障害物の厚みは関係ある?」
宙を睨みながら考え考え書きつけているので、実験のつもりなのかもしれない。他の者より自分の方が安全だ。他ではしてくれるなとジャスパーは強く願ってやまない。
彼女に異能で知識を落とし込んでいる殿下は何も言わないのか。そもそもこの方法を教えたのが殿下なら、彼女と殿下は――などと考えると、余計な力が入る。意識はできるだけ逸らすようにしていた。
おかげで、温泉地や効果効能の違い、地域ごとの樹木種類の違いなど、必要性の低い知識ばかりが増えていく。最近は嫌がらせの一種ではないかと、疑い始めた。誰からの――殿下からの。
アイアゲートが少し得意げに毛玉を見る。
「それはフェルト細工と言うの。かわいい羊でしょう? 名前はホープ。でも他につけたい名前があったら、変えていいわ」
羊だったらしい。ジャスパーは造形については触れずに本題に入った。
「これには、どのような作用があるですか」
「なにも」
言葉が足りないと、肩透かしをくった気になる。
「ほんとに何も。ほわっとするだけなの」
アイアゲートが目をくりっとさせて言葉を重ねる。
「握ると、お帰りなさいのほわっ。それくらい」
聞きに来た答えは、あまりに簡単だった。そのせいか立ち去り難く思えて、ジャスパーは同級生を眺めた。




