運命といえるかもしれない出会いの日・3
リリーが同じ場所で立ち、頭のなかで修正を加えながら、道順を組み立てること二回。男が戻ってきた。
リリーは男性を「おじ様」と呼ぶことにした。見た目三十代まではお兄さん。それ以上は幾つに見えてもおじ様だ。
ちなみに女性は年上であれば、全てお姉さんだ。
おじ様は、帽子はそのままに、コートの上から使い込まれた雨よけを着ている。
その後ろにもうひとり男を連れていた。
(こちらが「当家の主人」さんね)
馭者が着るようなフード付きの、えんじ色のお仕着せを着込んでいる。
深いフードで影になる顔は、身長の低いリリーから見ても細い顎と形の良い唇しか見えない。
これなら大丈夫。リリーは小さく手を振った。
「お待たせ致しました。早速お願いいたします」
足早に寄ったおじ様が花籠を持ってくれようとするのを、リリーは断った。
「まだ売ってないから、これは私の物よ。自分で持つわ」
驚いた様子のおじ様は、それでもすぐに了承した。
「さあ行きましょう」
リリーはフードの男に手を差し出した。男は動かない。
「私の手を握って。でないとすぐにはぐれてしまうわ。市場のなかを通るのよ」
それでも手を伸ばそうとしない男に、リリーは大げさに呆れてみせた。
「じゃあ、いいわ。私のスカートの裾を掴んでついてきて。上が一枚めくれて中が見えたって、下にペチコートをはいているから、どうってことないわ」
スカートにするなら手など繋がなくていい。引っ込めようとしたところで、唐突にすっと握られた。
とても男性とは思えない、柔らかで滑らかな手触り。リリーの手の方が荒れているくらいだ。
「さあ、行きましょう。おじ様は、ぼっちゃまの後ろをついて来て。スリに気を付けてね」
勇ましく出発をつげると、つないだ手と反対の手に持つ花籠を肘にかけ直し、リリーは昼なお暗い横丁の奥へと急いだ。
「坊っちゃま……さあ参りましょう」
おじ様が笑いを噛み殺して、フードの男を促す。
フードに隠れた表情がどうであるのか、リリーには見えなかった。
横丁から市場に入ると、リリーの思った通り普段よりもごった返していた。大通りがつかえず、予定なり移動なりを諦めた人々が、買い物で時間を潰しているのだろう。
混みあう通路を避け、リリーは店のバックヤードを縫うように隣から隣へと、樽や壺、積まれた木箱を避けながら移動した。
所々で本来ならば「関係者以外立ち入り禁止」の場所を通行することへの断りを入れるが、客あしらいに忙しい店の人は、いつもの子供が通ることなど「いいよ」と返すだけで、振り返りもしない。