公国杯の売り子・8
反射的に見た先に、シルバーグレイのモーニングを着たエドモンドがステッキを片手に立っていた。
特徴的なミルクティー色の髪に、見るからに高級な服。大公家のひとりだと、他国人のジョシュ達でさえ気がついたかもしれない。
全員が動きを止め無言になるなか、エドモンドだけが微かな笑みを浮かべた。
「そちらは、先程の優勝者か。見事な騎乗だった」
全く熱のない口調で誉めると、イリヤがバネ仕掛けの人形のようにイスから飛び上がり、直立した。
「あ、ありがとうございます」
優雅の極みといった仕草で「こちらの席は」と、エドモンドがイリヤの座っていた場所を示す。驚くべき素早さで距離を取ったイリヤが「どうぞどうぞどうぞ」と譲れば、当然のようにそこに公国一の貴公子がおさまった。
エドモンドの視線が飲みかけのグラスへとまる。それを合図に正気にかえったジョシュの父親が新たなグラスに発泡酒を注ぎ始めた。
イリヤのグラスはイリヤの手に。エドモンドの指が、リリーからグラスを取り上げた。
「私はこちらを貰おう」
屋台で毒見も必要ないと思われるけれど、対外的に一応といったところだろう。何を誤解したのかイリヤの顔が赤らむのを、リリーは微妙な気持ちで眺めた。
「私を追ってきたのかと天幕で待っていれば、姿も見せずにまさかこんな所で飲んでいるとは」
エドモンドは目の高さにグラスを持ち上げてイリヤに祝意を示した後、酒を口に含んだ。
飲みかけを取られたリリーが、新しいグラスをもらって、聞く。
「いつからお気づきだったの?」
「お前が商人らしき男とわかれるところから」
ほぼ最初からだ。
「おじ様に、こんなに分かりにくくしてもらったのに。意味がなかったわ」
「私がお前に気づかない事がある、と思う事が理解できない」
皮肉な笑みが浮かぶ顔は、青空に似合わないけれど美しい。エドモンドの存在に気がついた人々が遠巻きに見ている。向かい合わせに座り視線を浴びるのは居心地が悪くても、耐えるより他にない。
売上至上主義これもよい宣伝と、リリーは自分に言い聞かせた。
「今日はお金持ちのお嬢さん風なんですって」
デイドレスの胸のあたりに手を添え、エドモンドに教える。ちらりと見て面白くもない様子で返ってきた感想は、ひどかった。
「小金持ちの男が湧くように寄ってくる風。が、正しいのではないか?」
そんなはずはない。胸元は開いていないし、うなじもリボンで隠れている。「そんなことないわよね」と同意を求めてイリヤを見れば、紅潮した頬はそのままで、会話には加わらないと決めているのか、目をあわせようとしない。
「お前とその若者が並ぶさまは『優勝者には美酒と美姫がついてくる』という構図そのものだ」
美姫。美姫と言われたけれど、少しも誉められた感じがしないのは、なぜ。




