貴公子の部屋を羊が埋め尽くす・2
エドモンドが、それならと頷いた。
「ならば、私はロバートを雇う分を担当しよう。ロバートがいなくては不便だ」
家令職がどれほどの高給か知らないリリーが、「そこはお願い」と真面目に答える。
エドモンドが面白くてならない様子で同意を求めるので、ロバートも同感を示した。
その後、花を摘み、何に使うのかよくわからない「素材」を拾い集め、搾りたてのミルクを飲み、チーズを食べて戸外で昼食をとった。
途中ロバートは牧場主と話したりで室内にいたが、エドモンドは駆け回るリリーに根気よく付き合っていた。時折このように若き主の思いがけない面を目にするが、大抵の場合そこにはリリーがいる。
「牧場の購入は見合わせる」
エドモンドの言葉に、脳内で落ち度を検証するロバート。リリーが起きないよう言葉数は減らすつもりだ。
「羊肉が出るたびに『これはあの牧場の肉か』と聞かれるのは、かなわない」
明確な理由があった。
「遊びに行くだけなら、所有する必要はない。問題のない牧場なのだろう?」
口の固さならば保証できる。ロバートは目顔で肯定した。
「今日の、はしゃぎぶりは少しおかしくないか」
言ってエドモンドが膝上のリリーを見おろした。向かいに座るロバートには、寝顔がよく見える。昼間より大人びて見えるのは少し疲れた出たせいかもしれない。
「一頭の羊の毛で、フェルト人形がいくつ作れますか」と聞いて牧童を困らせ、出来たての柔らかなチーズに蜂蜜をかけたいとねだった。
見たことのない食べ方ではあるが、もちろん万事抜かりのない家令は、蜂蜜程度持参している。
あり得ないと皆が思うなか、美味しそうにすくうリリーのスプーンからエドモンドが一口かすめ取った。
「ああっ」と、世の終りのような声を出し「坊ちゃまひどい」と嘆く。
「うるさい、一口ばかり惜しむな」とエドモンドに叱られてシュンとする様が大変に愛らしい。ロバートの脳内リリーコレクションがまた一枚増えた瞬間だった。
エドモンドが「たしてやれ」と目配せで命じつつ、「おかしな食べ方だが、コレの舌は確かだ。これはこれで有りだ」と口にする。自分達が去ったのち、立ち会った者全員が試食するに違いない。
と、こんな感じで一日が過ぎたのだが。
ロバートが回想から戻ると、エドモンドはリリーの頬を指の節で撫でていた。見ているだけで弾力の伝わる薄ピンクの頬。
もう化粧をする年頃なのに、面倒がってしない。そのくせ「オーツ先生」に特殊な化粧法を習い、一度などフードを取りはらったら老婆が現れた。
驚きをあわらにしたロバートと違い、エドモンドは表情をまるで変えなかったが、手元のグラスを置くときに珍しく音を立てていた。内心驚いていたのだろう。
「してやったり」顔の老婆は、この上なくご機嫌に笑った。




