迷路の迷子・6
マナーはおもに生活の中で身につけるものだ。母とふたり、良いとはとても言えない環境で育ったリリーには、勉学よりも難しい分野と感じる。
坊ちゃまが異能で落としてくれたものは、庶民のリリーには大部分がそぐわない。周囲を見習って自力で身につけるしかない。
つらつらと考えるリリーをよそに、タイアン殿下は実によい笑みを浮かべた。
「迷路に入る前に侍従に――ファーガソンというんだけど知っているかな、馬車を目立つ位置に移動させるように言いつけた。だから僕が門を出るまで、君の友人は誰も訪問しない」
お茶会の始まりを遅らせているのは、タイアン殿下そして自分だった。リリーの口があんぐりと開いた。
考える時間が欲しい。リリーは無言でタイアン殿下に背を向けて出口へと歩き出した。
「お茶会の断りは僕が入れよう。驚かれもしないから安心して」
のんびりとした声がかかる。そんなのはいつもの事で、誰も問題にしないということか。
「エドモンド殿下にうかがってからでないと」
行儀見習いが、貴い身分の方と勝手に食事に行くのは問題があるように思われる。
「ロバートに使いを出せばいい。適当な時間に迎えに来るだろう」
タイアン殿下の解決法が正解かどうかは疑わしい。
「エドモンド殿下は私が勝手をするのはお嫌かもしれません」
「多少はね。でもエドモンドのそんな顔も見てみたいな。ずっと取り澄ました顔をしているから、つまらない」
お楽しみの巻き添えにしないで欲しい……。先を急ぎつつ返した。
「殿下はお兄様がお好きなのに、そういう態度は嫌われます」
説教じみていると感じたのは同じだったらしい。
「なんだか、諭されているみたいだ。制服を着る年頃の女の子にね」
出過ぎたかもしれないと、言い方を変えてみる。
「私が理由でお二人の仲が悪くなるのは……」
これまた立場をわきまえもせず、美女のような物言いになってしまった。タイアン殿下の愉しんでいる気配から、やはり言い方を間違えたと確信した。
これ以上は何も言わないと決めたリリーに、タイアン殿下が親身に問う。
「エドモンドの隣は苦しくない? 実らない恋は辛くない? 独り寝の夜は寂しくない?」
前を向いたままリリーは吹き出した。
「笑うところ?」
「だって、眠ってしまえばひとりもふたりも同じです」
隣にはいないし、恋でもない。そして夜は眠ってしまえばいい。勉強をしないなら寝たほうがオイルも減らない。
「そう取ったか……」
他より少し背丈の高い木の間に切れ間がある。出口にたどりついた。一足先に迷路外へ出たリリーは、くるっと向きを変えた。




