迷路の迷子・3
大公家はみな異能持ちだ。しかも特別な。よって嘘はつきにくい。リリーはため息を押し殺した。
「迷路が嫌になって降参したところです」
生け垣の下を抜けようとしていたとはっきり言うのは避けた。ふうん、と面白そうに殿下がリリーを見る。
「迷子だったのか。それでズルをね」
「ズルじゃありません。諦めた後だから。近道です」
最初から知っていたなら、これまでの会話はいらなかった。タイアン殿下はお人が悪い。
質問ばかりされては、色々と知られてしまう。リリーは話を変えることにした。
「殿下は、どうしてこちらに?」
お顔を存じ上げなくても、髪色でわかるのは当然のこととして、殿下と呼んでいるが、ご本人にも違和感はないようだ。
「ここに人がいるみたいで、女の子のようだったし、後は帰るだけだから」
生け垣で姿は見えないはずなのに。呆気に取られながらも、お人柄を知らないリリーまでが「殿下らしい」と思ってしまう返事だ。
「なぜグレイ家に、という意味なら。僕は数年後に結婚する予定なんだけど、それに合わせて改修する宮についてグレイ侯のお知恵を借りにね。彼は警備の配置に詳しいから」
さらりと伝えられる話は、私が聞いていい話なのだろうか、と心配するリリーをよそに、タイアン殿下は続ける。
「君は、このあとの後嗣の集まりだね」
そう。ジャスパーは来年結婚する。奥様は遠縁にあたるジャカランス・グレイ様だ。珍しく領地から公都にいらしているので、お引き合わせ下さろうというのが、お茶会の趣旨だった。
殿下はそれもご存知らしい。
「侯の息女のお出ましはないと思うよ」
どうしてと聞くまでもなく、述べる。
「内向的な性格を理由にして社交界から距離をおいているから、僕もよくは知らないが。今日会った限りでは、こうと決めたら引かない、ある意味とても貴族らしい女性に思えたな。おそらく他人の評価は気にしないタイプだ」
聞いてもリリーの頭では、うまく像が結べない。
「夫となる男の友人ならもてなして当然と思うが、あの雰囲気では始めから同席するつもりは無かったろう。僕への挨拶も『言われて仕方なく』がみえみえの態度だった」
リリーの目が丸くなったことに、気を良くしたらしいタイアン殿下が微笑する。
「君と僕は出会う運命のようだね。もう知らない仲じゃないんだし、名前を聞いてもいいかな」
運命ではないと思っても、断れるはずがない。
「アイアゲートです」
無言で威圧されるのは居心地が悪い。
「リリー・アイアゲートと申します」
仕方なくフルネームを告げた。
坊ちゃまからは「二度と会わせない」と言われたのに、こんな所で名乗っていていいのだろうか。もしも行儀見習いを解雇されたら……それでも卒業までのお金はもつはずだ。奨学生になっていて本当に良かったと実感する。
そんな事よりも、時刻。




