迷路の迷子・2
なぜ四つん這いになっているのか。それを説明すると長くなる。
庭の散策を勧めてくれたグレイ家に仕える方が「東には迷路園もございます」と教えてくれとおり、刈り込まれた生け垣の続く一角があった。
規模は小さいと言われたし、リリーの方向感覚は鈍くない。自信を持って足を踏み入れた。
生け垣は坊ちゃまエドモンドの背より高いくらいだ。簡単に抜けては時間が潰せない。少し入った四つ角でリリーは目を閉じてぐるぐると回ることにした。これで来た方がわからなくなり、面白みが増す。
自分の思いつきに満足してずんずんと進むうちに、おかしいと思い始めた。目印になる大きな木はあるのに、どういうわけか近づけない。
「まさかの迷子……」
珍しく独り言が出たのは、自分でも意外だったせいかもしれない。見回しても、周囲は同じ高さの同じ木で、今いる場所が一度通った道かどうかも不明で。
時計を持っていないけれど、もう三十分は迷っている気がする。リリーは決心した。誰かと競争しているわけじゃない。ここを速やかに出る事を優先するなら、道順に拘るべきではない。
通れそうな生け垣の下をくぐって迷路から出ることにした。まず最初のくぐり抜けをしようと、手足を地面についた所で、タイアン殿下に見つかってしまったのだった。
――これをどう説明したらいいのだろう。困り顔をしたつもりはないのに、タイアン殿下は何か察した様子だった。それでも、ひとまずはリリーの返答を待つおつもりらしい。
落とし物を探していました――一緒に探してあげようと言われたら、より困る。
転びました――木に向かってあの姿勢で? 不自然だ。
そもそもいつから見ていたのか。声を掛けるのが木の下に頭を突っ込む直前だっただけで、しばらく前からいらしたのでは。
これ以上ないほどの早さで思案を巡らせて、リリーは何でもないという顔で立ち上がった。
「こんにちは、よいお日和でございます。殿下」
本当なら「お見苦しいところを」とかなんとか言うべきなのは、知っている。でも無かったことにする。
さり気なく手のひらについた砂をスカートで払う。膝も払いたいけれど、かえって注意を引きそうなので我慢する。
リリーの一連の行動を見ていたタイアン殿下が目を見張った。坊ちゃまエドモンドは表情をあまり変えないのに対して、こちらの殿下はとても分かりやすい。見せる表情が本心であるかは別として。
タイアン殿下が紳士なら、追求はしないはず。リリーはそう読んだ。
「うん。君はなにをしてたの?」
そしてタイアン殿下は紳士ではないとすぐに判明した。




