迷路の迷子・1
リリーは無事三年生になった。奨学金を受け取れるだけの成績も残したので、今年もお金の心配はない。
これまでひとりだった級長は今年は二人で、ジャスパーと共にリリーが選ばれた。ここまでくれば平民がどうのと言われる事もない。
下級生の女の子からは、よく手を振られるようになった。振り返すと喜ぶのがかわいい。
マクドウェル様とそのお友達とは今年もクラスが別で、何らかの配慮を感じなくもないけれど、お礼を言う相手もわからないので、心の内で感謝するにとどめた。
新学期が始まってすぐ、リリーを含めた学院生何人かがグレイ侯の公都邸に招かれた。
同級生だけのごく略式のお茶会と言われ制服着用を指定された。リリーはおじ様に用意してもらった「妥当なワイン」を抱えて、カミラとスコットと共に辻馬車で邸宅へと向かった。
大きくて厳しい鉄の門扉を通り抜けてもまだ馬車は進む。次の門は辻馬車は通してもらえないのでそこで降りるよう、門番に指示された。門番までもが立派過ぎて、リリー達はすでに萎縮している。
「公園のなかにお屋敷がある感じね」
気を取り直したように明るく言うカミラに、スコットがさらに朗らかな声をあげる。
「昨日、父に聞いたんだけど、ジャスパーのお家は僕の思うより百倍はお金持ちらしい」
グレイ様のお屋敷に招かれるとは、でかした! 息子!
スコットが父親の物真似をする。
笑うカミラの隣で「百倍!」と繰り返すリリーの声が上ずる。
坊ちゃまエドモンドの荘園は広いけれど、大半が手付かずの――ように見える――森で、石塀らしきものもなく、どこまでが坊ちゃまの領地でどこからがただの森なのか、リリーには区別がつかない。
それに比べてグレイ邸は、形の整った木立や作り込まれた植栽が人の手を感じさせる。維持するには莫大な費用がかかると思われた。
内側の門で馬車を降りると、すでにお仕着せを着た男性が待っていた。
他に招かれた学院生が揃って遅れるという連絡が入ったので、到着まで庭をご散策くださいと勧める。それは「揃うまで屋敷には入れない」ということだ。
門をくぐりながらリリーは考えた。
こんなお天気のよい日に、二度と来ることはないだろう侯爵家の庭を自由に歩く機会に恵まれるなんて。今こそ気の利かせどころではないか。
「一時間はかかるって言われたから、ふたりでお花でも見てきたら? 私はあっちの方へ行ってくる。また後でね」
一気にまくし立て、何か言われる前にリリーはさっさと逃げ出した。
「ねえ、何をしているの」
上から声がした。
地面に膝をつき四つん這いになっていたリリーは、驚いてそのまま振り返った。人が来ているなんてまるで気が付かなかった。
いつの間にかすぐ後ろにいたのは、興味津々といった様子でニコニコとしている若い男性。
特徴ある髪色、声に聞き覚えもある。間違えようもないタイアン殿下だった。




