貴公子は行儀見習いを慰める・3
その笑いに思う。簡単そうに見えてその実、パンケーキは手間のかかるお料理なのかもしれない。
「おじ様が大変なら、夜はビスケットでいい」
パンケーキは朝にしてもらえば。大人のリリーは、それくらい譲れる。
「いや、案外もう焼くだけに支度が整っているかもしれん。ロバートは異能もないくせに、勘がいいからな」
それは一言で言うなら優秀なのではないか。誉め方が遠回しだと思うリリーの頬を、両手でエドモンドが挟んだ。
上を向かせて真っ直ぐに見る。
「今すぐというわけにはいかないが、フェルナンドに会いたければ、連れて行ってやる。遠くはあるが、行けぬ国ではない」
どうして。そんなにも甘やかされたら。
「坊ちゃま、私ダメな大人になると思う」
正直に伝えた。
「これくらいでか。お前の理論でいくと大半の貴族は駄目な大人だ。あながち外れてもいないか」
リリーの耳をきゅっとつねってから手が離れた。もうその温もりが恋しい。エドモンドがリリーの手を取り一歩踏み出すのを、慌てて止める。
「坊ちゃま! 窓、窓を閉めてこないと!」
「後で管理人が見回る。かまわん」
引っ張られれば、リリーではかなわない。半開きの窓が目の端に入るのに、本当にいいのだろうか。少し待ってくれれば、鍵をかけて玄関から出てくるのにと思う。
「私はお前の言う、甘やかされて育った駄目な大人だから、気にもならない。玄関扉が開いていたら、窓が開いていても同じだろう」
子供の頃のように手を握られているけれど、あの頃より背が伸びたぶん少しだけ見える角度が違う。
リリーが見上げるタイミングでエドモンドもこちらを見た。
「男のことで心弱りするお前を、なぜ私が慰めねばならん」
苦情を言う渋い顔もどこか優しい。こんな素敵なお誘いばかりなのに、甘えないのはとても難しいことだ。もう諦めた方がいいかもしれない。
「……坊ちゃま。私、ダメな大人になることにする」
「好きにしろ」
決めてしまえば急に身が軽くなった気がして、リリーは駆けだそうとした。その手を強く握って引き止められる。
「暗い場所で走るな。ウサギを探すなら明日にしろ」
これは本当の小言だ。「はぁい」と返して、ひとつ訂正をする。
「坊ちゃま。心弱りは『男のこと』じゃなくて『友達のこと』よ」
どちらも同じだ。と頭上で聞こえたのは、聞かなかった事にしておく。
「永遠にさようなら」と「また合う日までさようなら」は、全く違う。そして再会の喜びも知っている。再会したから、今も坊ちゃまといる。
「ありがとう、坊ちゃま」
返事のかわりとでもいうように、エドモンドはリリーのまとめ髪をはじいた。




