貴公子は行儀見習いを慰める・2
エドモンドの視線がリリーの髪にとまった。
「リボンはどうした」
「釘に巻いたの」
そんな一言で伝わるとも思えないのに、それ以上問わずに他のことを聞く。
「皆は」
「まだホールにいると思う」
一瞬の沈黙。
「それで、お前はここで何をしていた」
さっきと同じ質問にもう一度「かくれんぼ」は求められていないと理解していても、何もしていなかったから答えようがない。
「手を見てたの」
わかるように言え、と思っているに違いないエドモンドに、両手を広げてみせる。
「私の手、こんな形なんだって思って」
「ポコッと落ちていたら」と考えていたのは、おかしな子だと思われる危険があるので黙っておく。
これで伝わるのかどうか。リリーが顔を上げると、エドモンドは広げた手ではなく顔を見ていた。様子を窺っているとわかる。
しばらくおいて長い睫毛を一度瞬かせ「お前は今、やるせないのだな」と言った。
――やるせない。聞き慣れない言葉でも断定されれば、何やらしっくりと来た。
それよりも気になるのはエドモンドの瞳だった。ここでは一番いいカエデシロップより少し濃い色に見える。いつ見ても本当にキレイだ。
「もう夜もふけるが、今夜は特別にこれからパンケーキを食べさせてやる。お前の好きなシロップでも蜂蜜でも、かけたいだけかけていい」
厳かな口ぶりに似合わない内容に、リリーは思わずエドモンドを凝視した。
「苺ソースを入手したとロバートが言っていた。飲みたければ苺ミルクも飲め」
寝る前に沢山の甘いものは、くれないのに。
「池にボートが届いている。明日乗せてやろう。最近、中央公園ではボートが流行しているのを知っているか。荘園の池は小さいが浮いていればお前は何でもいいだろう」
急にどうしたのか。リリーの疑念が伝わったらしい。
「夜に独りじっと手を見るなど、気分が沈んでいる証だ」
――知らなかった。
「坊ちゃまは、何でも知ってるのね。坊ちゃまも、手を見てたことがある?」
「無い」
はっきりと言われて、リリーは笑いを漏らした。公国一の貴公子にするにはおかしな質問だと、言ってから気がついた。
エドモンドの腕が伸びた。行儀見習いの挨拶を思い出して身を寄せると、そのまま抱え上げられる。窓枠に膝をぶつけないよう脚を縮めた。気がつけば地面に降ろされていた。もう目の高さは同じではない。
「あまり遅くなると、さすがにロバートが気の毒だ」
これからパンケーキを焼くのだからな、と片頬でエドモンドが笑った。




