貴公子は奇才と語る・2
「アレは教本通りに教えては、平凡の域を外れない。遊びのなかで他とは違う手法で結果を出す。それを導けるのは、オーツだからこそだ。礼を言う」
オーツが気恥ずかしそうにする。
「我が君にそのように言われては、なんとも……。僕の方こそ楽しんでいますから。教職を勧められた時には務まるかと心配したものですが、生徒は意欲的だし、力を引き出すのはやりがいもある。しばらく教職を主にするつもりでいます」
「なにかと自由もきくし、な」
エドモンドがからかうように言う。その視線はオーツの下半身に向いている。今日はスカートではない。
「変人で通っていますから。ひとつお尋ねして宜しいでしょうか」
エドモンドが軽く顎をひく。
「なぜ、ここまでイグレシアス家にお力添えを」
そんな事かとエドモンドが返す。
「アレがフェルナンドと親しくなった。あの家が絶えたと聞けば、嘆くだろう」
オーツは口を開きかけて閉じた。
「何か約束をしていないとも限らない。『遊びに行きたい』と言い出した時に、所在不明では手間がかかる。フェルナンドには、公国からでも目につく地位に居てもらわねばならない」
「――本気で?」
疑う余地がどこにある。エドモンドが口先で笑う。
「あの国は、どの家が治めても大差ない。ならばイグレシアス家でいい。より富むわけでもなく強くなりもしないのに、国内で争うのは無駄だ。不要な芽はさっさと摘むに限る」
ロバートは会話を耳にしながら、包装済の紅茶を茶箱へと詰めていた。
白い包みには赤いラインが中央に入った青いリボンがかかっている。リリーが今夜髪に結んだのと同じだ。
紅茶はイグレシアス公子から――本当は王子だが公国滞在中は公子としている――「エドモンド殿下のお好みの銘柄をお分け頂けないか」と打診されたことによる帰国時の贈り物だ。
半分はエドモンド指定の貴族へ渡すようリストも入れた。あとの半分はイグレシアス家が好きに使えばいい。
若き主が到着する前に聞いた説明によると「親王家派は茶を飲むことにより忠誠心が高まり、反王家派は反逆心が減退する」という。
ロバートの理解の域を超えているが、アンガス・オーツならば可能だと知っている。説明を聞いて、より一層茶葉の扱いが丁重になったのは言うまでもない。
公子とリリーが親しくなったのは予期せぬことだった。公子には自国ほど人目を気にしなくてよい開放感がある。半年という期限があるから、リリーも親しくしたのだろう。
ロバートは最後のひとつを収め、隙間のないよう緩衝材を詰めたうえで茶箱の蓋を閉めた。
学校行事について語るふたりを見やる。教師でいる時は、同僚から持ち込まれる縁談や生徒に寄せられる好意を穏便にかわすために、領地の民族衣装を取り入れたスカート姿だと聞くが信じられない。
こうして見れば、エドモンドと並ぶ高身長で手足の長いオーツは、遜色のない好男子だ。
これでセレスト家――特にエドモンド――しか愛せないとは、なんと残念な。
そんなロバートの心の声が聞こえたように、貴公子と奇才が揃ってこちらを向く。仲がいい。
「終わりましてございます」
ロバートは必要以上に深く頭を下げた。




