男子会・3
「女子を学ばせようというこの国の姿勢が眩しいよ」
「まだ一部に過ぎません」
下手に知恵などつけず良い家に嫁ぐのが女の幸せ、と考える家が多いのが実情だ。
「それでも、だよ。殿下がいればこれから進んでいく」
自国を思いイグレシアスが自嘲気味になっている。良いこととは思えない。ジャスパーは話を変えようと、丸まったアイアゲートのリボンに目をつけた。
消えた一本はここにあったのだ。
「そのリボン、分けて持とうという趣向でしょうか。ロマンティックですね」
「彼女がそんな事を思いつくと思う?」
おかしそうにするのはさすがに彼女に失礼だ。それともロマンティックなどと、似合わぬ言葉を口にした事に対する反応か。ジャスパーは話の先を待った。
「彼女の持つ最強の釘にアンガス先生と異能で細工をしてくれたそうだ。僕が包みを破いてしまったので、危なくないようにとリボンを巻いてくれた」
髪から片方がなくなっていた理由はそれだった。公子の口調は穏やかなものだ。
「心強いよ。『異能』には馴染めなかったけれど、先生や君達の力を疑う気はない。僕が刺されでもして死にかけた時に使おうかな。これがあると思えば心安らかだ」
思わずジャスパーは眉根を寄せた。いくらアイアゲートと先生が有能とはいえ、そんな事が可能なのか。それでも口に出さずにはいられなかった。
「まさか――蘇生?」
イグレシアスが、ははっと笑う。
「そう取った? 痛み止めだそうだ。繰り返し使えるらしい。『名誉の為なら命は惜しまない』と言いたいけれど、僕は痛みに弱くて実を言えば怖がりなんだ。何かあっても痛みがとれると思えば、立ち向かえるし安らかに死ねる」
「――公子」
冗談にしても宜しくない。ジャスパーは語気を強めた
「他に誰もいないんだ、これくらい許して欲しいな」
チラリとリボンを見る。
「釘なら貴石と違って盗難の心配もない。行き届いた配慮だ。リボンまでついていたら無くす心配もないね」
ジャスパーは知っている。彼らに深い考えなどないと。釘にそれほどの力を込める事が可能なのは、ただアイアゲートの特異な能力によるものだ。選んだ理由があるとすれば何より安さだ。
天才ふたりは――ひとりは奇才かもしれない――異能を特別な才能と考えず、おかしな物に付加しようと日々遊んでいる。ではなく、研鑽を重ねている。
精神系の異能は本人の性格も含めて理解の範囲を超えると、この二年でジャスパーは理解したが、ここでは言わずにおく。
「ジャスパー君とまた会える日があるだろうか」
果実酒も小瓶の傾きで飲みきったとわかる。主賓はそろそろ会場に戻るべきだった。パーティーはまだ続いている。
「船も定期的に往来すると聞きました。お互いが力をつけたら可能なのでは」
ジャスパーは口角だけ上げてみせた。公国紳士がよくする愛想笑いだ。この半年で公子にも見慣れたものとなったはずだ。
一呼吸おいて、イグレシアスが、ふと笑う。普段の大きな笑みではないそれは、繊細さを感じさせた。
「そうだね。今できないのなら、出来るようにするまでだ。君に会えてよかったよ。今日までの厚情に感謝する。返礼は君が我が国を訪れた際にさせてもらうよ」
「僣越ながら、その日を心待ちにしております」
イグレシアス公子が差し出した手を、ジャスパーは力を込めて握った。挨拶にしてはやり過ぎでも気持ちを伝えたいと思った。
帰国後の日々が平坦なものではないと知っていて、お互いそこには触れない。
いつか本当に再会する日が来ればいい。ジャスパーは襟にとまる一輪のプリムラを見つめた。




