男子会・1
会話が切れるのを待つように隣に来たアイアゲートは、先ほどまでとは違い大人びた静かな佇まいを見せた。
「ご歓談中のところ失礼いたします。イグレシアス公子より、グレイ様に控室までお越し願いたいと言伝てを頼まれました」
話していた相手にも詫びる様子で、伝えてくる。
公子の帰国はしばらく先と聞いているが、今後学院へ来る予定はないとも聞く。別れの挨拶だと推測した。
そしてアイアゲートは先に済ませたのだろう。
話し相手が切り上げ、ふたりになったところで、ジャスパーはアイアゲートの顔をあらためて見た。
「大丈夫ですか」
「なにが?」
思いつきで尋ねただけで、先を考えてはいなかった。続く言葉のないジャスパーを微笑でかわした赤毛の同級生の髪からは、リボンが片方なくなっていた。
「でも、慣れないパーティーで少し疲れたかも。先に寮に戻ってもいいと思う?」
そうですね、そのリボンでは目立ちますから。とは言わずに。
「公都まで戻る方はそろそろ抜ける頃合いですから、問題ありません」
「じゃあ、カミラに断ってから出るわ」
「アイアゲート、送りましょうか」
申し出は美しい笑顔で辞退された。
「だめよ。公子に呼ばれてるのを、忘れたわけじゃないでしょう」
それじゃあ。ひらりと指先を振ると離れて行く。背中のリボンもひらりと揺れた。
公子のいる部屋は、微かに薔薇の香りがした。
アイアゲートがまとう薔薇の香りには、強弱がある。帰寮した日には強く香るが日毎に薄れる。
「薔薇の香りがしますね」
「僕も薔薇の香りが嫌いになったよ」
特に感情を出したつもりもないのに、ジャスパーが薔薇の香りを嫌っていると決めつけて、イグレシアスが同意する。
顔をしかめたまま「座って、隣でよければ」と勧める。ジャスパーは言葉に従いつつ、通りすがりに掴んできた果実酒の小瓶のひとつを手渡した。
驚きをあらわにするイグレシアスの前で、瓶から直に飲んでみせる。
「驚いたな、君がこんなことをするなんて」
「これくらい普通ですよ」
どうとったのか、軽く掲げてイグレシアスも同じように瓶に口をつけた。
平民男子がしているのを見かけた時には少しばかり嫌悪していたのだが、ふと思いついて今夜はしてみたくなった。それが真実だ。アイアゲートなど椅子に脚を乗せて飲むのだから、これは行儀がいい方だと思う。
一息ついて脚を組むタイミングが揃った。
イグレシアスが話さないので、ジャスパーから話題をふる。そうできるくらいには親しくなっている。
「アイアゲートの今夜のドレスには、何か意図があったのですか」
「この国を離れる僕へのはなむけじゃないかな」
それでは意味がわからないが、説明を求める気にはならない。
そこにグラスがあるのに、公子も自分も瓶から直接飲む。それだけで不思議に開放感があった。




