イグレシアス公子とのお別れ・4
「釘……」
「今まで学校では使いませんでしたが、この釘が最強です」
重大な秘密を打ち明けるかのように小声になった。
男子ばかりでダーツをした際、そのうちの誰かが「自分よりアイアゲートが上手い」と言い、さらに「アイアゲートがめっぽう強いのは『釘打ち』だ」という話になったらしい。
説明するより見たほうが早いと呼ばれ、釘打ちの実演をした。いたく気に入った公子に乞われその後も何度か勝負したけれど、一度ジャスパーに負けた以外全ての勝ちはリリーのものだった。
その時も使わなかった「秘密の釘」だ。
「君のそんな大切なものを、僕に?」
「はい」
リリーは決意を込めて見つめた。本気で言い合っているけれど、傍から見たらすごくおかしな光景のような気がする。と、頭のどこかで思うのは、出来るだけ遠くに追いやる。
何しろこれは。
「ただの釘ではありません。オーツ先生のお力を借りて、身につけると解熱鎮痛効果が出るようにしました。効果が持続するのは半日ですが、三十回までは保証します」
ふたつとない釘なのだ。
理解がついていかないというイグレシアスの様子は、いつかのイリヤによく似ていた。
「効果を充分に引き出すには、信じる気持ちが必要です。治すわけではなく一時的に抑えるものなので、その間普段通りに動けますが後が酷くなるかもしれません。副作用はありません」
国を代表する方だ。本当は休むべきでも、そうできない日はあるだろうと思う。
「仕掛けは上々、必要なのは公子の気持ちだけ」
リリーが顔を上げて自信たっぷりに笑んでみせると、公子の瞳に輝きが増した。
「わかった。君を信じる」
「いえ信じるのは私じゃなくて釘の力」と言いかけて、公子はそんなことは分かって言っているのだと思った。
「釘の先は潰していないので、気をつけてください」
言ってから、思いつく。
「公子、私の頭のリボンを片方取ってください」
「いいの?」
わけが分からない様子ながらも、解いて手渡されたリボンを、リリーがクルクルと釘に巻きつける。先が出ないよう注意して巻くと、不格好な糸巻きのような形になった。
「これで危なくないです」
満足して返せば、イグレシアスは笑いだした。
「何だかわからなくなったね。これなら無くすことも刺さる心配もないけれど」
付加するだけなら先は潰すけれど、公子が国に帰って釘打ちをする時のためにこれは潰せない。
「ありがとう。とても嬉しいよ。辛い時に君が助けてくれると思えば、何でもできそうな気がする」
――辛い時ではなく痛い時でどう誉めても元は釘。
とリリーが声に出さないのは、近づく別れの気配を感じているから。




