イグレシアス公子とのお別れ・3
リリーの周りにいる女の子に声を掛けようと、そのまた外側を男子が周回するので、何やらおかしな事になっている。
「なんだか私が人気者になったみたい」
うふふと笑うリリーに「みたいじゃなくて人気者なのよ」と、救出に来たというカミラが断定した。まだわからないの? とまで口にする。
「目立つ容姿に、なみ居る男子を抑えての優秀な成績。偉ぶらない人柄でその上イグレシアス公子のお友達ときたら、年下の女の子が憧れるに決まっているじゃないの」
私も友達として鼻が高いわ。カミラが鼻をつまむ仕草をしたので、ふたりでひとしきり笑った後、別れてリリーはイグレシアス公子の控室に向かった。
公子の控室には軽食が用意されていた。暖炉はないけれど薪ストーブがある。
「君は火の近くがいいよね。僕が猫を飼うことがあったら、名前はアイアにするよ」
いたずらっぽく誘われて、ふたりで長椅子を引きずってストーブに寄せる。ホールも人が多かったので寒さは感じなかったけれど、こうして火にあたるとホッとした。
「君には謝らなくちゃね」
隣に座るなり意外な事を口にしたイグレシアスが「こうして」と、リリーの丸めた髪を両手でつまむ。
「女の子の頭を撫でるなんて、あり得ないよね」
ご本人におかしいという自覚があったとは。公子のお国では近しい距離感が普通なのだと思っていたから、それこそ意外だった。
「ジャスパー君が、君は慣れていてそれくらいでは気にもしないって言うから」
なんと原因はジャスパーだった。
誰をどう責めていいのか。リリーは、そんなことよりと、エプロンをたくし上げてスカートのポケットから紙包みを取り出した。
「またお買い物にご一緒できたら、その時に何か買おうと思っていたのですけど」
ご多忙だったようで、その後公子から誘われる事はなかった。イグレシアスが残念そうな顔つきになる。
「本当に。行けそうな時間が出来ると、どういうわけか視察や見学が入ってしまって。断るつもりで内容を確かめると気になる所ばかりで、結局君と出かけられなかった」
ではあれから街には行けていない? と聞けば。
「いや、老舗から市場までかなりの場所を案内してもらった。為にはなるけれど、君と過ごすほど楽しいかと聞かれれば……ね」
言わなくてもわかるよね、とイグレシアスが片目をつぶる。そして紙包みをリリーの膝から取り上げた。
「これを、僕がもらってもいいの?」
返事を聞く前にもう包みを解いてしまっている。
中から出てきたのは――。




