イグレシアス公子とのお別れ・1
一年生の時より、この一年は早く感じた。三年生もまた早く過ぎるのだろう。
仕上がった髪を、おじ様ロバートに合わせ鏡で見せてもらいながら、リリーはしみじみとした。
土曜日の今日、坊ちゃまエドモンド不在の館でリリーは、卒業パーティーの身支度をおじ様ロバートに手伝ってもらっていた。
髪はふたつに分けて三つ編みに。それを高い位置で丸くまとめて留めた「クマのお耳」スタイルだ。巻き付けた青いリボンは中央に赤い線が走っている。大公家の青色にイグレシアス公子のお国のイメージカラーである赤色の組み合せとは、深読みが過ぎるか。
それよりこのドレス。
「おじ様、これ……」
リリーは袖が少し膨らんだ水色のドレスを見下ろした。丈は床に付かない長さで動きやすいけれど、仮面舞踏会の時より短い。そして何より白いエプロンをしたようなデザインだった。というより、エプロンをしている。そして露出もとても少ない。
「お気づきになりましたか。舟遊びでピクニックをした時の物に似せました。あれはとてもお可愛らしかったのに、一度しか着る機会がございませんでしたので」
温かい笑みで語るのは初めてのピクニックのこと。ウサギを追いかけた時に着ていたものと似ている……というより、そっくりだ。
大きさも布地も違うので新しく作ってくれたとは分かるけれど、ドレスコードは大丈夫なのか。
パーティーをよくご存知のおじ様が外すはずもない、きっと、たぶん大丈夫。リリーはエプロンの端をつまみつつ、無理やり納得した。
イグレシアスは寮の玄関でリリーを出迎えた。マントを脱いだリリーを見て、目を見開く。
「……やっぱり変?」
制服なら部屋にある。着替えも視野に入れて、リリーは不安な気持ちでイグレシアスを見上げた。
「違う違う、ごめん。そうじゃなくて、お人形みたいにかわいいと言うか、絵から抜け出して来たかと思った」
疑うリリーに真顔で予言する。
「来年からこの形のドレスが流行するよ」
「……それはウソ」
ははっとイグレシアスが笑う。
「確かに流行るは言いすぎかもしれないけど、持って帰りたいくらいかわいいのは本当だよ」
どこまで本気なのだろうかと見極めようとするリリーの前に、ジャスパーが姿を現した。挨拶もそこそこに聞いてみる。
「このドレス、おかしくない?」
「よくお似合いです」
お決まりの言葉が間髪をいれずに、返された。まだちゃんと見ていないのでは、と疑うほどの早さだ。これまた信用できない。
「ジャスパー君はマクドウェルさんと、どこで待ちあわせを?」
「ホールの入口です。そろそろ参りませんと」
懐中時計で確かめたジャスパーが促す。
公子が夜会服を着用すると先に聞いたので、ジャスパーも夜会服にしたらしい。今年の卒業パーティーは、留学生の送別会を兼ねているので、格が上がっている。
そこでこのエプロンをしたドレスでいいのか……。複雑な思いのリリーを中央に三人でホールへと向かう。
これではふたりにエスコートされているようなもの。また嫌われっ子になったらどうする。
いくつもの不満と不安を胸にリリーはパーティーへと臨んだ。




