貴公子が向ける「愛」・3
「ええっ!? 坊ちゃま、あとでゆっくり入ったら?」
リリーがうろたえている。
「きゃあっ、坊ちゃま。脱がないでっ。見えちゃう見えちゃう!」
「うるさい。呼んでおいて泡をぶつけるお前が悪い」
きっぱりと言われて無口になるリリーは「ぐう」とも言わない。エドモンドが、有無を言わせぬ調子で続ける。
「向き合って私の上に乗るか、背を向けて私の上に乗るか、どちらかだ。選ばせてやる」
向かいあわせで抱っこか、後ろから抱っこ……リリーの復唱が聞こえる。ロバートは、机に手をついた。できれば座ってしまいたい気分だ。
「後ろから抱っこ、でお願いします」
湯の波立つ音がして、浴室が静かになった。
ロバートは出るタイミングを逃したと悟った。ふたりは、ロバートの存在を忘れているかもしれないのに、ここで扉の音など立てれば、逆に存在を主張する事となる。
「――なんだ、急に静かになって」
声の調子でエドモンドの機嫌が悪くないと分かる。浴室に灯りはあるものの、昼間のように明るくはない。諸々泡で隠れており、リリーが「死にそうなほど恥ずかしい」とまではいかないだろうと、ロバートは推測した。そんな心配までする家令は皆無だと思われるが、ここにいる。
「ここでゴソゴソ動くと、坊ちゃまにご迷惑かと思って」
遠慮がちに口にするリリーに、無言になるのはエドモンドだ。これでますます出て行き辛くなったのはロバート。
静かな浴室に時折ちゃぷんと水音がする。
「近頃のお前は、複雑な心模様に見えるが、私には言えないことか」
穏やかにエドモンドが尋ねた。
「……言えなくはない。でも上手にも言えない」
先を促したのか、リリーが話す。
「男の子はいいなと思って。お仕事の種類がたくさんあって、女の子より賃金がいいから。……男の子になりたかった」
リリーにとっては切実だろうが、ロバートには可愛らしい願いに思える。
「そうか。お前は養父にならって軍部志望だったな」
軽く笑い飛ばすかと思った若き主は、真面目に聞いてやるつもりらしかった。何もその状況で聞かなくても、と思わなくもないが。
「そう。平民でも採用されやすいって聞いたから」
「目の付け所がよかった。軍部は男女同一賃金だ。勤務歴や階級によって差はあるが、男女差はない」
「知らなかった」
「だろうな」
エドモンドはあっさりと済ませたが、知らなくて当然だ。議会を通ったのは先月なのだから。その日はロバートも会議を傍聴していた。
「今後タイアンの妃を迎えるにあたり、女性の護衛を早急に増やす必要がある。それなりの俸給でなければ、男ばかりの職場に優秀な女性が応募するはずもない。よって男女同一賃金とする必要がある。賃金体系の見直しを関係各所に要求する」と、帰国早々エドモンドが発言した。
「私だけでなく、エドモンドも妃は迎える。そして子が生まれればさらに護衛は必要となる。優秀なら女性の方が私は好ましいと思う」
事前の打ち合わせをしたわけでもないのに、タイアンがそう加勢した。




