貴公子が向ける「愛」・2
今夜もエドモンドはリリーの立てる水音を聞きながら、ワインを楽しんでいた。が、いつもほど音がしない。その理由は今夜のお湯にあった。
あらかじめ泡をつくる為の液体を入れ、その上から勢いよく湯を落とし湯舟から溢れんばかりに泡を立てた。そこまでをロバートが担当し、仕上げにエドモンドが白い泡の上にピンクの薔薇の花弁を散らした。
兄君もこれを……とは耳にした事がないので、このフラワーバブルバスとでも言うべきものは、エドモンドの発案だろう。
何も知らずに浴室へ行ったリリーは、フラワーバスの時のように戻って来て、「坊ちゃま、大変! 泡でもりもり」と興奮気味に叫び、エドモンドを「お前の語彙力の無さは変わらない」と嘆かせた。
優秀な家令であるロバートは、リリーの反応で主の機嫌がますます上昇したと理解している。
そして今。
「坊ちゃま、来て――」
リリーの浴室から呼ぶ声に、エドモンドが動きを止めた。聞こえていないと思ったのか、声が大きくなる。
「来て――、坊ちゃま」
エドモンドとロバートの視線が絡んだ。行くべきか、と目で問うエドモンドに、行かねば済みませんでしょうと、これまた首の動きひとつで返すロバート。案の定。
「坊ちゃま――」
リリーが三度呼ぶ。
「聞こえている」
騒ぐな、と返すエドモンドは「これは、そういった意味の誘いではないと思う」と珍しく言い訳じみた言葉を口にする。
「僣越ながら、私もさように存じます」
ロバートは丁寧に同意を表した。
なんとも微妙な空気のなか、これ以上ないほどゆっくりとした動きでエドモンドが椅子から立ち上がった。
浴室の扉を開け「なんだ」と聞く。
「見て! 坊ちゃま。泡の帽子!」
思わずロバートはテーブルに手をつきそうになった。そんなことだろうとは思ったが、本当にそんなことで呼びつけたとは――公国一の貴公子を。主従揃って同じ思いを抱いているに違いない。
「坊ちゃまにも、作ってあげる」
「不要だ」
素っ気無く断るエドモンド。
「行っちゃダメ」
リリーの命じる声がして、べしゃっと泡の落ちる音が続いた。
「お前は――、泡を投げるな」
「だって逃げるから」
「帽子ならいらないと言っただろう」
どう聞いてもくだらないやり取りに、主の頭に乗っただろう泡を想像しながら、浴室のドアを閉めるべきかとロバートが迷ううちに。
「面倒だ。私も入る」
エドモンドの僅かに苛立った声が響いた。




