貴公子が向ける「愛」・1
今年の「愛を伝える日」に、エドモンドがベッドに薔薇の花を散らすと言ったら、ロバートは止めないつもりだった。
リリーとは「そういう仲」であるし、いつかまだ見ぬ奥方になさるなら、リリーにもしてやって欲しいと願うのは親心にも似たものか。
愛を伝える日も間近な今日、リリーが見つけたのはテーブルに置かれた陶製の置物だった。淡い色合いに彩色された一抱えもあるそれは、イグレシアス公子の祖国の高級店のものだ。
赤毛の少女が手押し車に乗せた花を選ぶように少し身を屈めている。二つの手押し車には、びっしりと多種類の花が積んであり、おそろしく細かい花のひとつひとつまで一流の職人の手による。
リリーは後じさりしてエドモンドの陰に隠れた。上着をつかみ、視線は置物に留めたままだ。エドモンドが眉をひそめて言う。
「嬉しい時に怖がるそれは、何とかならないか」
主の言葉を聞き、リリーが喜んでいるのだとロバートは知った。
図案はエドモンドが描いた。ありとあらゆる角度からの完成図と指示の書き込みが、あまりに的確でしかも細部に渡ったため、「これで素人なのか」と職人を震え上がらせた。
と、リリーが一目で見抜き、エドモンドの狂気じみた注文の細かさに恐れおののいた――というのは、ロバートの脳内のお遊びである。
「この女の子、私に似てる」
「少女の姿など、どれも似たものだ」
うふふと笑うリリーをエドモンドが軽くいなす。
似ているのも当然。顔から服そして姿勢まで、それは細かな指定の元に――以下省略。赤い髪がかの国では滅多にない以上、赤い髪の人形など別注でなければ作るはずもない。
エドモンドが言わないならば「これは特注品で、モデルは出合った頃のお嬢さんです」と、ロバートからは言えない。
「これをお前にやろう」
「――ありがとう、坊ちゃま」
リリーは困惑した顔をエドモンドではなく、ロバートへ向けた。リリーとしては「くれると言われましても」だろう。こんな大きな物をもらっても、どこへどう……という。ロバートはにこやかな顔を作った。
「良いものを頂きましたね、お嬢さん。飾り棚を発注しております。そこに置きましょう。そうすればこのお部屋にいらっしゃる時には、いつでもご覧になれますよ」
「ありがとう、おじ様」
リリーが分かりやすく安堵する。持って帰れと言われる事を恐れたのだろうが、実は運ぶのにも大変気を使う代物で、包めと言われたらロバートにも花弁ひとつ折る事無く包む自信はない。
飾り棚など発注していたか? と疑いの眼を向けるエドモンドには、職業的な笑みを返しておく。明日発注すればしてあったのと変わりない。
ふと見れば、リリーがエドモンドから離れ「信じられないほど、細かくてキレイ。どうして? 坊ちゃまの薔薇まであるわ」と、つんつんと指先で花に触れ驚きを言葉にする。
見守るエドモンドの眼差しは柔らかい。それを眺めるロバートは、自分も同じ目をしているだろうと思った。




