貴公子は仮面舞踏会へお出掛けに・7
「ダンスの相手をお願いしただけなのに、そんなに怒ることかな?」
「ね?」とタイアン殿下は気さくに同意を求める。
「今日が初対面」なのに、まるで仲が良いように振る舞うのは止めて欲しい。ため息が出そうなリリーに、エドモンドの一気に鋭くなった視線が突き刺さる。
「大変光栄に存じましたが、『ここから動けない』とお断りをしました」
殿下からのお誘いをお断りするなどと、偉そうな態度を取っていいものかどうかは知らないけれど。
遠回しの返答で坊ちゃまのご機嫌を損ねる事は避けたい。ただでさえ、先ほどのダンスでやり過ぎだとしかられたばかりなのに。なので、タイアン殿下がそこにいらして言いにくいけれど、はっきりと伝えた。
「そう、見事に断られた。残念なことに」
さして残念でもなさそうに、タイアン殿下が補う。
エドモンドはチラリと階段に視線を移し「帰る」と告げた。声には出さずとも「ここへ来い」と言っている。リリーは無言で駆け寄った。
背後から屈託のない声が掛かる。
「忘れないで。いつでもいい」
振り返ろうとするリリーを、エドモンドが耳を塞ぐようにして止めて、聞く。
「どういう意味だ」
坊ちゃまは不快感を言葉に乗せて伝えるのがとてもお上手、という話ではない。リリーは全てダンスの話にしてしまおうと決めた。
「ダンスのお誘いを辞退したから?」
何しろ坊ちゃまは、今すこぶる機嫌が悪いのだ。
「次に会って誘われたら、踊るのか」
「坊ちゃまが私を二度と舞踏会に連れて行かないって言ったから、そんな機会はないと思う」
耳にあたる手を取って、長い指を握った。子供の頃は手を繋ぐというより、手を握られるか指を握るかだった。思い出して昔の頃のようにしてみる。
リリーはそっと手を見た。女の子の自分より、坊ちゃまの手のほうがよほど綺麗なのは、今も変わらない。でも週末には爪までクリームをすり込んでくれるから、昔みたいに荒れてはいない。
「あの男のことは忘れていい。二度と会わせない」
厭わしそうに言う。
兄弟なのに。タイアン殿下はお兄ちゃんが好きそうなのに。とは聞けそうもない。
「私のお行儀が悪いから……?」
見せるのも恥ずかしいのかと、多少なりとも申し訳ない気持ちは、リリーにもある。
エドモンドが手を握り直して指を絡めた。これは「読みたければ読め」だ。
「お前の行儀は足りている。私の隣にいれば面と向かって謗る者などいるはずもない」
エドモンドが本当にそう思っていると、手からも伝わる。「殿下」の連れる女性のお行儀がどうだろうと、その場で諫める人がいないのは当たり前だ。でもまあ。
「私は坊ちゃまとしか踊れないって、講師の先生が言ってらした。坊ちゃまのお相手で手一杯です」
和らいだ雰囲気に乗っかってみる。
「そうか。私はお前ひとりでも持て余し気味だが」
お前の方が余裕があるな、と浮かぶ微笑が少しだけ怖い。
帰りの馬車では、いっそうお利口にするとリリーは心に誓った。もう遅いかもしれないけれど。
こんなにエドモンドとリリーが仲良しなのに……と思われる、先に「短期雇用専門」を読んでくださった方。
まだ分岐は少し先ではございますが、正規ルートの前に「貴公子生存溺愛ルート」が入ります。
どうぞご安心頂きまして、続きをお読みください。
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また次話でも、お目にかかれますように。




