貴公子は仮面舞踏会へお出掛けに・5
「君の噂は聞いているよ。エドモンドにいい遊び相手がいるらしいって」
――遊び相手。本当は行儀見習いだけれど、言っていいかどうかは不明だ。
「腹を立てたりしないの? 『私は恋人です』とか『最愛だと言われています』とか言わないんだね」
笑みを維持したまま聞くこの方は、坊ちゃまエドモンドの弟君タイアン殿下だと、リリーは決めつけた。
親しみやすいお人柄にどこか油断ならない雰囲気が共存すると感じるのは神経過敏だろうか。そう思いながら、学院の見学会以来のタイアン殿下に、作り笑顔を向けた。
「腹など立ちません。恋人ではないし、最愛と言われたことはありません」
「最愛」なんて物語の中の言葉だ。実際に口にする人がいるわけがない。物を知らない小娘をタイアン殿下がからかっている、としかリリーには思えない。
「へぇ、それは意外だ。エドモンドは言葉を惜しむ男なのか」
釈然としない顔つきで、タイアン殿下は手すりから真っすぐに手を伸ばした。リリーが手を伸ばせば届くところに綺麗に揃った指先がある。
「一曲踊って頂きたい。先ほどのダンスが頭から離れない」
思いがけないお誘いに、混乱してつい正直に答えた。
「あれは……一般的ではありませんので。いきなりは無理です」
「いや、踊れると思う。エドモンドと僕は身長も変わらないし、さっき見たから」
一度見たから踊れるとは、どれだけ自信家なのか。でも屈託なく言われると本当に出来てしまう気がする。
「そもそも、ここを動かないようにと言われています」
どうしたってご希望には添えません。リリーが軽く頭を下げると、これ以上は不粋と判断したのかタイアン殿下の腕は元の位置へ戻った。
金茶の瞳を持つ男性は、多くない。リリーの聞いた限りでは、大公後嗣である兄殿下、坊ちゃまエドモンド、弟タイアン殿下、若い男性ではこれくらいだ。
だからこの方は、タイアン殿下と考えていい。今話している「踊り子」があの時の「占い師」だとは気付かれていないようだった。前回は目しか出していなかったし、今回は目元を隠しているのが幸いした。
いつまでも話していたら、坊ちゃまが戻って来てしまう。リリーが案じ始めた時に、唐突に聞かれた。
「君は、その立場でいいの?」
質問の真意が見えない。
「狭量な男の鳥籠で飼われて、気分次第で構われる。そんな不自由な生活じゃなくて、好きなように生きたいとは思わないの?」
坊ちゃまが狭量かどうかはさておき、リリーは自分が籠の鳥と言われたことに驚いた。
「これは勘としか言いようがないんだけど、僕には分かるんだよ。残念ながらエドモンドは君を手放さない。でも君は若く魅力的な女の子だ。エドモンドを疎ましく思う日がきっと来る」
だって君とエドモンドには将来がないからね。リリーの自覚を確かめるように言う。
決めつけられているのに、親切で言ってくれているなどと感じるのは、どういうわけか。
「僕は、エドモンドの幸せの為に君だけが不幸になる必要はないと思う。覚えておいて、君ひとりでは逃げられない。でも僕なら君を逃すことができる、完全に逃げさせることが」




