貴公子は仮面舞踏会へお出掛けに・4
頭上から鈴を転がすような美声が聞こえて来る。
「殿下のお相手がエレノア様でなくて、驚いたわね」
「近頃エレノア様はご子息に社交を任せていらっしゃるし、今夜は気楽な集まりですもの。エドモンド殿下は余興のつもりで踊り子をお連れになったのでは?」
「あのようなダンス、私どもには無理ですもの」
「ええ。確かに。殿方には良い見世物だったようですわね」
どうやら自分がいるのは二階へ続く広い階段の脇だったらしい。リリーは彫像の陰にすっかり隠れるよう、さらに奥へと半歩下がった。手すりから身を乗り出すようにしなければ、見つからないはずだ。
貴婦人三人の会話は階段を下りながら、なおも続く。
「殿下のダンスは相変わらずの見事さでしたわね」
「本当に。エレノア様と踊られる時の正調も素晴らしいですけれど、今夜はまた見栄えがいたしましたわね」
「ぜひお相手願いたくても、こちらからお頼み申し上げるわけにもいかないし」
「私には、とても無理! あのお顔を向けられては心臓がもちませんわ」
貴婦人の心臓はとても繊細らしい。リリーは気配を消しながら、くすりと笑った。坊ちゃまが素敵に見えたのなら何よりだ。自分がいる事で普段より見劣りするんじゃないかと案じていたから。
「やあ、君は今夜の為に雇われた踊り子なの?」
すぐ斜め上から声がした。リリーの肩がビクッと動き反射的に見上げる。
額から鼻までを覆う銀色の仮面をつけた男性が、石造りの手すりから軽く身を乗り出していた。
リリーが「こうしなければ見えないだろう」と思っていた、そのままの姿勢。つまり見つかってしまって、この紳士からは丸見えというわけだ。
口元しか見えないが形のよい唇は左右対称に口角が上がり、仮面を取ってもきっと美男子に違いないと推察された。
先ほどのダンスをご覧になったようだけれど、こんな物陰にいるのによく見つけたものだと感心する。
踊り子かと聞かれるなら。
「はい。さようでございます」
軽く会釈して返す。
「嘘だね」
紳士は即座に断定した。
自分がそう聞いたのにと可笑しく思う反面、この方ならそう言いそうな気もした。初対面なのに不思議なことだと、リリーは内心首を傾げた。
「一介の踊り子にそのブローチを貸与するはずがない」
紳士の視線の先は肩下の薔薇の形をした黒いブローチだった。布がしっかりととまるようにと、おじ様が「大きくて軽い」という理由で選んでいたようだったこれが何か。
貴石も付いていないので、それ程高価であるとも思えない。どう答えていいものか。
リリーの戸惑いを見て取った紳士が、回答を与える。
「そのブローチは祖母の形見だからね」
祖母の形見、この方の。男性の目を探るように見つめれば。
「やっと気がついたの?」
頬が上がり笑みが深くなった男性の瞳は、坊ちゃまエドモンドと同じ金茶色だった。




