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公子と後嗣と暖炉猫・1

 公子イグレシアスは毎日登校しているわけではない。


 公務と云うべき表敬訪問や視察、会食などが優先され、準備にあてる時間を含めると、かなりの時間をそちらに取られる。空いている日に授業を受けているのが実情だ。



 しかし年末までのひと月ほどは、多少の余裕がある。


「『寮に住んでみたい』と公子がおっしゃる」

ジャスパーはペイジから相談を持ち掛けられた。

「隣室は空いているそうだね」


 四階部分は侯家と女子の階とされ、空き部屋はいくつもあった。ペイジの言うとおり、ジャスパーの部屋と同じ間取りの隣室は誰も使用していない。


 しかし、公子が住めるかと言われれば否だ。家具はほぼ持ち込まねばならないし、カーテンは吊るされているが前の寮生が使っていたもので、おそらく埃だらけだ。


「住むと言っても、ひと月あまりですか」


 その為に必要な全ての物を運び、またすぐに出すのは手間に思える。周囲の大人に我儘とも取られかねない。


「公子がお嫌でなければ……」


 家を離れて暮らす気安さは、自分もここへ来て初めて知った。こんな機会は二度と無いと思われる公子が、体験してみたい気持ちは理解できる。ジャスパーは、失礼を承知でひとつの提案をした。







「ジャスパー君、これは」

イグレシアスが信じられない物を目にしたという顔をする。


 今、ジャスパーとイグレシアスが鍵を開けて入ったのは、ジャスパーの部屋だ。留守の間に用務員が暖炉に薪を焚べてくれるので、室内は暖かい。


 その暖炉の前でクッションに腰をおろし椅子に顔を伏せているのは、赤毛の女の子だ。どこからどう見ても眠っている。


「オーツ先生の飼う『暖炉猫』です」

ジャスパーは平然と言い切った。


「君と彼女は……」

言いよどむイグレシアスは、これがリリー・アイアゲートだと分かっているはずだ。


「私は鍵を渡したりは、していません。寮生に渡される鍵は一本ですので。暖炉猫は暖炉のある部屋に勝手に出入りする生き物です」


 本当のところは、オーツ先生が「万能キー」なる物を自作し、アイアゲートにも作ってやった。それを使って留守の部屋に入り込み、火にあたっている。


「『入っていい?』って聞かないのは、『ダメ』と言われるともう入れないから」それが彼女の言い分で。


 その辺りの感性は自分とはまるで異なるが、彼女独特のものなのか女性一般の考えなのかは、ジャスパーにはわからないし深く追求する予定もない。



 それでも申し訳ないと思うのか、たまに薔薇の香りをまとって知識を落としに来る。古語であったり、過去十年の河川の氾濫箇所の一覧であったりと「数ある中で、なぜこれを」と思うようなものだ。


 途中から『寝ている』ので、なぜこの知識なのかは聞けずじまいだが、これもまた深追いする気はない。



 黙して考える様子のイグレシアスに、ジャスパーは「鍵はオーツ先生です」と端的に伝えた。


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