この冬の雪・6
せめてもの抵抗なのか、リリーが助けを求めるようにロバートを見る。
「無駄だ。ロバートも私に仕える身だ」
エドモンドに冷酷に告げられて、開きかけた口を閉じる。
リリーに詫びる気持ちを視線にこめて、ロバートは軽く頷いた。家令はよほどの事がなければ主の決めた事に異を唱えたりしない。そして、リリーを連れ帰るのに全く異存はない。
「一足先に帰る」
リリーの態度に諦めを見て取ったらしいエドモンドの涼やかな声に、「お気をつけて」とロバートも一言で済ませる。
「――ごめんなさい。坊ちゃま、ありがとう」
奥に移動し姿の見えないリリーの声がする。
「最初からそう言え。過ぎた事など今更考えるな、考えずにやり過ごせ。出来ないのなら手伝ってやる」
エドモンドが応じて、自分も馬車に乗りこむ。
「お前をひとりにはしない」
リリーは何と答えたのか。ロバートには聞き取れなかった。
走り去る馬車を見送りながら、ロバートはいつかのエドモンドの言葉を思い出した。リリーと再会してすぐの頃だ。
「母に関する一切の感情を厳重に封じ込めたようだ。このやりようでは先々精神を不安定にさせるが、一人きりで抱えるには持て余したのだろう。いつか自ら開放する日が来ればいいが、私に対して信頼を持たない今は難しい」
こんこんと眠るリリーを眺めて、誰に聞かせるともなく話すエドモンド。この主を信頼しなくて何を信頼すると言うのか。ロバート持つ疑問への答えは、口に出す前に返った。
「お前には妻がいるが、信じて家を任せ頼りきっていた妻が、他の男に走り姿を消したなら、お前の精神状態はどうなる。――そういう事だ」
リリーは大人に揉まれて育った。頼り切ることの怖さを、見聞きして知っているのだろう。
言葉に詰まるロバートには、エドモンドの唇に浮かぶ薄い笑みが強く印象に残った。
とうにエドモンドを乗せた馬車は視界から消えている。さて、外泊届けを出さねば。
ロバートは肩の雪もそのままに、校舎へと足を向けた。




