この冬の雪・5
「坊ちゃま――、おじ様――」
あたりに響くほど大きなリリーの声がした。雪を蹴散らす勢いで走ってくる。見る見るうちに近づき、そのままエドモンドに飛びついた。
よろめきもせず抱きとめた若き主が、すぐに小言を口にする。
「逃げたりはしない。姿が見えたら速度をゆるめればいい。こんなに息を切らして」
荒い息づかいのリリーが、喉を鳴らすようにしてコクコクと頷く。そして盛大にむせた。
「ひとまず落ち着け」
話すのはそれからだ、とエドモンドが赤いマントの背中をさすってやる。
リリーに赤を着せたくて用意したマントがよく似合うのを見て、ロバートは頰をゆるめた。意外に面倒見のよい主とリリーがこうしていると、空白の時間などなかったように思える。
ようやく呼吸が整うと「おじ様、ありがとう。これすごく暖かい」と、リリーはふわりと笑った。
「わざわざそれを言いに来たのか。フェルナンドはどうした」
「ジャスパーとイリヤが馬で通りがかったの。で、一緒に行っちゃった」
イリヤとは公都にある馬専門の牧場の息子だ。誰かが誰かに、もしくはお互いに気を遣った結果、リリーがひとりになったのだろうとロバートは推測した。
「ならば一緒に帰るか」
エドモンドの言葉にリリーが目を見開いた。丸い目がさらに丸くなる。
「まだ週末じゃないわ、坊ちゃま」
「お前の部屋には暖炉がない。館には暖炉があり、好きなだけ湯が使え、甘い菓子がある」
誘うというより利点を羅列するエドモンドに、リリーがすっと目を伏せた。すぐに淑女のような薄く淡い表情になり、そこからゆっくりと笑みを作る。
「坊ちゃま、ありがとう。お心遣いはすごく嬉しい。でも明日も授業はあるし、朝に雪が積もってるとお馬さんも可哀想だから、寮に戻るわ。ここでお見送りさせていただく」
リリーのあまりに整った笑みは、ロバートにはどこか痛ましく感じられる。
「そうか」
エドモンドは、一言あっさりと返した。そのまま指示が出る。
「ではロバート、お前は外泊届けを出して来い。連れ去りだのと騒ぎになっては面倒だ。館に戻り次第、この馬車を迎えに寄越す」
「畏まりました」
何ごとも準備はできている。主と共に帰宅しなくても問題はない。
事態が呑み込めないリリーが、くっついていたエドモンドから腕一本分の距離を取る。
「坊ちゃま、私のお話聞いてた?」
「耳には入ったが聞き入れる必要はない。お前はうちの行儀見習いだ、優先されるべきは私の意向だ」
言い放つエドモンドに「たしかにそうだけど……」と口ごもるリリーには、先ほどの大人びた様子はみじんもない。
若き主エドモンドは、リリーに大人になることを望んではいないらしい。あの美しい笑顔が余程お気に障ったとみえる。
話はついたとばかりにリリーを抱え上げ、荷物のように馬車に押し込んだ。




