この冬の雪・4
戻って来るエドモンドの腕に赤いマントがないのを見て、ロバートはリリーにマントが渡ったと知った。
表門からではなく、裏手の門から馬車を入れるよう指示したのはエドモンドだ。
リリーお嬢さんの居所を正確につかむ様は、未だに信じられないものだ。それが格段に高い異能の力によるものか、リリーに施した「バックドア」によるものかは、異能を持たないロバートには分かりかねる。
いつもの感情の読めない表情で馬車の近くまで来たエドモンドが、足を止めた。
空を見上げる若き主にならってロバートも鉛色の空を見上げた。チラチラと粉雪が降り、空が低く感じられる。
こちらから話しかけてもいいものかと、頃合いをみるロバートより先に口を開いたのはエドモンドだった。
「アレはフェルナンドといた」
「お嬢さんがご案内を?」
「公子よりアレの方が冷え切っていた。……こんな日に外など出なければいいものを」
一気に目つきが険しくなる。主従で同じ日を思い出しているはずだ。リリーが裸足で雪の上に座り込んでいたという、あの日を。
「フェルナンドがこの国に来た理由を知っているか」
エドモンドについて来たかったのは姉の方だが、婚約もしていないのに国まで追うような真似はし辛い。それで弟を寄越したとロバートは思っていたが、違うらしい。
「あの国では、おそらく数年の内に内紛がおこる。公爵家も動きを掴んでいるが、迷いどころのようだ。小規模なら抑え込まずに蜂起させて敵対者を粛清するのもひとつの手だ。しかし対応に手間取り他国の力を借りるような事態になれば、当然見返りは要求され、共和国内での立場も弱くなる。どちらにせよ公子は国を離れられない」
同じ国で日々側にいて、この情報量の差はどこから。ロバートは内心唖然とした。
「そうなる前に他国で見聞を広めよ、という親心でしょうか」
本当なら娘を安全な場所へ置きたかったのだろうが、エドモンドが受け入れなかった。
「国内だけ、しかも貴族だけを見て政を行っていては、視野は狭くなるばかりだ。わが一族のように多ければいいが、イグレシアス家は縁戚が少ない。民からの支持も得なくては、追い落とされよう」
淡々とした物言いが逆に難しさを強調する。
「戻ってからの苦労は見えている。せめてここにいる間だけでも、年相応に過ごせば良い」
以前のエドモンドならば、他者をこのようにわかりやすく思い遣る事はなかった。公子がリリーと同年代というのも大きいだろうが。ロバートはしみじみと若き主の成長を噛みしめる。
気づけばエドモンドが、胡散臭げに見ている。ロバートは思わず「コホン」と咳払いなどして、「まだ降りますでしょうか」と空を見上げた。




