この冬の雪・3
――幸せかと問われれば。
十一月のこんな雪の日には酷な質問だった。
誤魔化して嘘をついても、それが雪のように真白で雪と違って融けなければ、このままずっといけるのだろうか、と考えてしまうこんな日には。
真っ直ぐな人に嘘はつきたくない。今の生活が幸せ以外の何ものでもないと、よくわかっている。切り離したはずの過去が繋がってしまう凍てつく寒さの日でなければ。
今の私は不安そうな目をしていないか、それが答えになってしまっていないかと、リリーは目の前の彼に問いたかった。
公子が何か言いかけた時。
「リリー」
名を呼ばれた。
声のした方を公子と共に見る。植え込みの陰から姿を現したのはエドモンドだった。黒く艶のよいコートの肩にわずかに雪がのっている。
すぐに礼をとろうとする公子を顎をひく仕草で止めたエドモンドが、軽く両腕を広げる。リリーは考えることなく駆け寄り、ぽすっと収まった。
流れはこのまま行儀見習いのご挨拶かと「ちょっと屈んで欲しい」と視線を送る。
「人前では、しなくて良い」
「え、そうなの?」と、口には出さずに疑問に思っていると、エドモンドが腕に掛けていた赤い布を広げた。リリーの肩をおおいフードを頭に被せ、首元で幅広のリボンを結ぶ。一連の動作は流れるようでよどみがない。
「雪の日にわざわざ外へ出ずともよいのに、なぜこんな所にいる」
エドモンドの苦い顔は、リリーには見慣れないものだ。
「そんな気がして持って来たが、正解だったな。薄いコートで歩きまわるな。次からはこれを上に着ろ」
綺麗な赤色のマントは、子供の頃に夜のお祭りに出掛けた時のコートと同じ色だ。
「これでいい。公子がお待ちだ、行け」
エドモンドがリリーの身体の向きをくるっと変えて肩を押した。振り返ろうとすると。
「公子に風邪をひかせるな。もう戻れ」
命じて背中を押された。
リリーは「ありがとう、坊ちゃま」とだけ言って、成り行きを見守るイグレシアスの元へと駆け戻った。
絵の話をした後に現れたエドモンドだ。思うところはあるだろうイグレシアスが一礼した先には、来た道を返す長身の後ろ姿があった。
見送るリリーとイグレシアスに沈黙が落ちる。
「冷えました。戻りましょう」
公子に風邪をひかせるな、と言われた。マフラーから覗く耳は赤くなっている。なにも霜焼けまで体験することはない。帰ろうとリリーから誘って歩き出した。
「君の幸せは……苦いものだね」
言わずにはいられないというように、ポツリとイグレシアスが呟く。坊ちゃまエドモンドとのこの先が無いと暗に言っているのだろう。
これまででも充分過ぎるほどしてもらっているとか、望みすぎると不幸になるとか、欠ける所のない幸せなんか見たことが無いとか。何を返しても正しくはない気がして、リリーは黙った。
マントがあると本当に寒さが違う。こんな雪のなかを届けてくれる人がいて、幸せでないはずがない。それが「苦い」と言われるようなものであっても。
ちらりとイグレシアスを窺うと、こちらを見ていたらしくすぐに視線が合う。
「この季節が来るたびに、君と雪のなかを歩いたことを、僕はきっと思い出すよ」
その時に思い出すのは、凍えた目ではなく赤いコートのであって欲しいとリリーは思った。




