この冬の雪・2
「僕の話をしてもいいかな」
断りを入れるイグレシアス公子の声は、マフラー越しでいつもより静かなものに感じられる。
「エドモンド殿下が僕の国に留学していらしたのは知ってるよね」
その帰国の船に公子達が同乗して公国へいらしたのも知っている。
「殿下が留学中にお住まいだったのは、僕の祖父が所有する屋敷で」
「僕の祖父」がその国の一番偉い人だということも、リリーは知っている。
「その繋がりで親しくさせて頂いて、屋敷もよく訪ねた。たまにお留守の時もあるのだけど、なかで待たせてくれるから、いつもそうしていた」
イグレシアスが微笑する。
「ある時、応接メイドが案内する部屋を間違えたのだと思うけれど、いつもと違う部屋へ通された。そこは他の部屋とは違って、何というか私的な感じがして、テーブルの上に描きかけの絵があった。何も考えずに見たんだ」
閉じてあるものを開いたわけでもない。悪いことではない。
「女の子の絵だった。真っ直ぐにこちらを見ていた。何も期待しない求めない、少しだけ怯えたようなそんな目だ。髪は赤くて、きっと想像上の女の子だと思ったけれど、目に焼き付いた」
赤い髪。リリーは口出しを控えた。バツが悪そうに公子が笑う。
「他にもないかと見回したら書棚に紙挟みを見つけた。こっそりと見たら、同じ女の子の絵があった。後ろ姿だったり横顔だったりしたけど、その眼差しは胸をうつほど真摯なものと感じた」
「私に、似ていましたか」
リリーの吐く息が白い。
「君だったよ。実在するとも思わなかった。だって、こんな髪色の人がいるなんて知らなかったから。でも、公国にはこの瞳をした女の子がいるのか、とも思った。僕は……君に会うために、ここまで来たんだよ」
思いがけない告白にリリーが立ち止まった。イグレシアスも足を止める。
「私じゃないかもしれません」
即座にイグレシアスが首を横にふる。
「僕はよく君を見てる。君は友人といる時でも、時々あの目をする。それに今、歩いてくる君に先に気がついたのは僕だけど、凍えた瞳をしていた。雪を知るまで当てはまる言葉が見つけられなかったけれど、しっくり来たよ」
凍えた瞳。凍りついて囚われたままなのだろうか、ずっと。リリーはイグレシアスから目を離さなかった。
「君は、あの絵そのままだ。女の子は君より幼かったけれどね」
リリーは小さく頷いた。坊ちゃまの描く赤い髪の女の子なら、私だろう。会わない間も思い出してくれることがあったのかと、嬉しくなる。
なのに笑顔を作ろうとしても、頰が少しも上がらない。寒さのせいか唇もまるで動かない。
「君が幸せであることを願っていた。いるかどうかも分からない女の子なのにね」
イグレシアスの目元に優しさがにじむ。
「笑っている君を見ると、僕が嬉しくなる。どうにかして君を笑顔にしたいと思う。――君は今、幸せ?」




