貴公子は街歩きに口を出す・3
「ロバート」
坊ちゃまエドモンドが呼んだ時には、おじ様ロバートは既に何を言われるかを理解しているように見えた。もう「畏まりました」と返している。
順に店の名らしきものをあげ「休みなら開けさせろ」と命じる。エドモンドの目は「できるな?」ではなく「しろ」と言っていると、リリーにも分かった。
速やかにロバートが部屋を去り、エドモンドとリリーのふたりきりになる。
動かないよう言われたので、じっとしているが、しっくりと来ていない座りごこちを求めて膝の上でコリコリしたいと考えていると。
エドモンドが「思いもしなかった」と呟いて、またグラスをリリーの唇に当てる。
お酒はひとつのグラスで飲むのがお決まりになっているけれど、これも行儀見習いの作法のうちなのかは、いつもききそびれる。今日もだ。
何が思いもしなかったのだろう。考えるリリーの髪をエドモンドがさわりと撫でた。少しずつ分けて丁寧にオイルを馴染ませていく。
もうじき暖炉に火を入れる季節になる。そうしたら、また昔みたいに乾かしてもらおう。密かにリリーは決意した。なぜなら坊ちゃまの手が髪を触るのが好きだから。
「私が連れて行かねば、お前には外出する機会がないというのに。明日は街へ出よう」
坊ちゃまはとても目立つ。
「一緒は……」
「ロバートもいれば問題ない。それに人目に立たない遣りようはいくらでもある」
坊ちゃまがそう言うなら、大丈夫なのだろう。それなら自分が心配することじゃない。
「……カップは、持っててもいい?」
この流れなら取り上げられはしないと思うが一応は確認をと思ったリリーが聞けば、エドモンドは今日初めての笑みを浮かべた。
「お前が貰ったものだ、取ったりはしない。さて髪も乾いた。ベッドへ行くか」
そのままリリーを片手で軽々と抱いて立ち上がる。
「坊ちゃま、いい匂い」
「お前はいつもそう言うが、男に向ける言葉ではない」
でもいい匂いは男女を問わない。こっそりと吸い込んだのに、バレたらしい。エドモンドの指が鼻をキュッとつまむ。
「ふが」
リリーが鼻を鳴らせば、エドモンドが片頬を上げる。そんな意地悪な顔すら、公国一の貴公子は品が良い。
こんな幸せが続くわけがない。よぎった思いを打ち消して、リリーはミルクティー色の髪を指で挟んだ。




