貴公子は街歩きに口を出す・1
坊ちゃまエドモンドは、留学生に同行した街歩きの状況を詳しく知っている様子だった。
リリーが浴室から髪を拭き拭き戻ると、いつものように泡の立つお酒を飲みながら寛いでいる。
「街では随分、はしゃいでいたようだ」
言い方に含みがある。もうご存知なのかと、髪を拭く手を止めてリリーはうつむいた。
「何がお前をそれほど喜ばせたのだろうな」
当てこすりのようにも聞こえる。もう知っているのだろう。おじ様ロバートは、気遣わしげにしてくれるけれど、きっと告白しなければこの場は収まらない。
リリーはタオルをおじ様ロバートに手渡し目で決意を表明すると、エドモンドの前に立った。
「坊ちゃまのお顔のついたカップでお茶を飲んでいます。坊ちゃまのお顔ほど格好よく描けていないけど、それは坊ちゃまが格好良すぎるから仕方ないと思う。どうしても欲しかったの。物をもらったら報告しなくちゃいけないとは知っていたけど、これは使っちゃダメって言われるのがイヤで内緒にしておこうとしたの。ごめんなさい、心から謝ります。だからどうか取り上げるなんて言わないで」
強張る坊ちゃまの顔を見るのが怖い。リリーはここぞとばかりに膝にすがりついた。
「毎日使うのが楽しみなの。朝になったらこれでお茶を飲もうって思って寝ると、朝眠くても起きられるの。私から坊ちゃまのカップを奪わないで。もっと行儀見習いのお仕事も頑張る。だからお願い、坊ちゃま」
まだ言葉を重ねるべきか。ぐっと目に力を込めてエドモンドをすくい上げるように見つめると、小難しい顔で「少し待て」と言ったエドモンドが、ひとまずといった様子で、手にしたグラスを空ける。
下からの角度で見ても坊ちゃまのお顔は完璧だと、リリーは感心した。
「お前の話は、よく分からないが。まずその珍妙なカップとやらは、一体何だ」
腕組みした顔からは、険しさが消えている。
「……違う話?」
リリーこそ、話が理解できない。
無言で見つめ合うふたりに、家令ロバートが控えめに口を挟んだ。
「エドモンド様、私の見解を申し上げる失礼をお許しください」
エドモンドが許可する、と瞬きひとつで伝える。
「お嬢さんがお出かけになった通りには『趣味の店』がございます。思いますに、そこにエドモンド様の似顔絵のついたティーカップが売られているのではないでしょうか」
おじ様は分かってくれた。目をきらめかせるリリーに、大丈夫だと言うように、ロバートが微かな目配せを寄越す。
「『もらった』とおっしゃるなら、ご自身でお求めになったのではなく、公子が自分の物として購入されたエドモンド様の似顔絵のついたカップを、お嬢さんにくださったのでしょう」
そうその通り。すごい、おじ様。リリーは手を叩きたい気分になった。
「エドモンド様があのような発言をなされたので、お嬢さんは思い違いをして悲しまれたのです」
おじ様はこんなに分かってくれたのに、坊ちゃまは。
「そのように恨めしげに見るな」
エドモンドの手がリリーの目を覆う。睫毛に触れてくすぐったい。自然に頬が緩んでしまうのに合わせて気もゆるんだ。
「おじ様はこんなにわかってくれるのに」
リリーが言えば、今度は手で口を覆われた。




