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公子は語学力の向上をお望みです

 結局、御礼状は早いに越したことはないと、翌日書いてすぐに届けに行った。


 他学年の教室へ行くのは、少し緊張する。だからカミラも誘ったのにうまく逃げられて、仕方なくリリーはひとり一年生の教室を後ろのドアから覗いた。



 ひとつしか違わないのに、新入生を見て「わぁ、かわいい。初々しい」などとお姉さんじみた感想を持つ。


 すぐにリリーに気がついたイグレシアスが、片手を上げて寄って来た。彼が話していた級友は、好奇心いっぱいにリリーを見ている。



「さっそくお手紙? 嬉しいよ、ありがとう」


 こっそり渡そうと思っていたのに、こうも堂々とされては隠しようがない。リリーはコクリと頷いた。


「その髪型もすごく可愛いね」


 今日は体術の授業がない。崩れる心配がないので、カミラに頼んだ。

 昔、ロバートおじ様がしてくれた二つに分けた髪を高い位置で丸めた髪型だ。リボンが長く二本にしても充分な長さだったので、この形に。


「大きな箱にしたかいがあったね」


 満足そうにするイグレシアスを見て、カミラの推理が正しかったのだと知る。箱が大きかったのは、長いリボンを手にするためだった。



 イグレシアスがリリーの頭上に手をかざした。リリーには見えないが、両手でまとめ髪を触っている感じだ。


「赤のアイア先輩にイグレシアス公子がイタズラしてる」


ここまでしっかり聞こえるヒソヒソ声が教室に湧き上がる。


「本当に可愛い」

 真っ直ぐに目を見て言われる聞き慣れない誉め言葉は、恥ずかしくて居心地が悪い。


 書いてきた手紙を、急いで胸に押し付けるように差し出すと、ようやく公子の手が離れた。


いまや注目を一身に集めてしまっている。

「では、これで」

お礼はなかに書いたので。早口に伝えて、リリーはさっさと逃げ出した。







 それから数日たっても、高い位置でひとつにまとめた髪には、やはり菓子店のリボンを結んでいた。すれ違うことがあれば、もう一度くらいお目にかけた方がいいかと思って。


 いつものように教室でカミラやスコットといるリリーを、ジャスパーが呼んだ。


「公子がいらしている」


 ガタッと大きな音を立てた上に、机を蹴ってしまったのは大目に見て欲しいと思いながら、リリーが急いで廊下に出ると、すぐそこにイグレシアスが立っていた。


「どうかなさいましたか」


 お困りごとかと尋ねるリリーに、美しい型押し模様の入った封筒が差し出された。


「はい。母国語で書いたから、読めないところは聞いて」


 教えるから、と言われる。御礼状にお返事はあるものだったかは不明ながらも、手に取るしかない。


「じゃあ、また返事を待ってる」

イグレシアスはニッコリすると、リリーの言葉を待たずに背を向ける。


 首をねじって振り返り、見送るリリーに「今日もかわいいね」と言い残して、階段へと消えた。



「文通を始めたの?」 

お行儀の悪いことに、スコットは盗み聞きをしていたらしい。ひょいと廊下に出てくる。


「違うわ。御礼状の御礼状よ」

訂正するリリーの肩に、後ろからカミラの顎が乗った。


「アイア、その言い訳は苦しいわ……」


 手元の封筒は厚手で、リリーの見たことがないほど上質な紙だ。


「どう思う?」

スコットが聞く。なんとジャスパーまでいた。


「語学力を向上させる良い機会では。公子もそのおつもりでしょう」

ジャスパーが淡々と述べた。


 そう考えればいいのか。公子もきっと同じ考えなのに違いない。


 語学力向上目的という意見に物申したげなカミラとスコットは無視して。

 ジャスパーに完全同意を示すため、リリーは頭を縦にぶんぶんと振った。


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― 新着の感想 ―
イグレシアス公子•••爽やかな押しの強さが武器(笑) 下々の者はこの階級の方の申し出に逆らえないから、せめてもの罪滅ぼしに爽やかさで圧を軽減しているご様子。不憫なリリーに至っては何が起こっているか全く…
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