公子は街歩きをご所望です・6
「カップは、どれがいい?」
イグレシアスが聞く。それはもちろん坊ちゃまエドモンドだけれど、自分からは言いづらい。本当にもらってしまっていいのだろうか。
「公国の女性はみなエドモンド殿下とタイアン殿下に憧れていると聞いたよ」
リリーの反応を見るようにするイグレシアスに、平静を装う。
「タイアン殿下は近々婚約がお決まりになると聞いたから、エドモンド殿下がいいのかな」
「エドモンド殿下を君にあげるよ、毎日使って」と言われて心が揺れる。
もらうばかりでいいのだろうか、でも欲しい。今日はお供なので自分の物は買えないと分かっていたけれど、本当はとても欲しかった。
お店は歩いて行ける場所ではないし、お断りしたら「坊ちゃまの似顔絵つきカップ」は二度と手に入らないかもしれない。
「ありがとうございます」
リリーは、欲求に従った。
それでも、と言うより頂いたからこそ、何も差し上げなかったのが心苦しい。
帰りの馬車で「後からでも何か」と申し出たリリーに、イグレシアスはしばらく考えて提案した。
「それなら、あの菓子店のリボンを髪に結んで見せてくれないかな」
もう大きくなったから、それは恥ずかしい。そう思っても「大人っぽいリボン」と言ってしまった後では、お断りはし辛く承知する。でもそれだけでは、足りない。
「じゃあ、包装紙の封筒で公国語の手紙をくれると嬉しい」
えっと驚いたけれど、リリーが平民であるとご存知で、金銭的な負担をかけないようにという配慮だと思いあたった。
「そんな事でいいのですか」
「それなら語学の勉強にもなるし」
幸いにも、字は綺麗だとおじ様に言われた事がある。綴りや内容は渡す前に坊ちゃまかおじ様にみてもらえば、恥ずかしいものにはならないだろう。
「わかりました」
ペコリと頭を下げたリリーに、イグレシアスは「楽しみにしているね」と返した。
寮で待っていたカミラは、運ばれた大きな菓子箱を目にして「日当」と呼んだ。共有部に置いて「イグレシアス公子からです。おひとつどうぞ」と記したカードを添える。
大きな包装紙は先に回収した。長いリボンをクルクルと指に巻き付けてカミラがまとめる。
「リボンと包装紙目当てに特大のお菓子を買うなんて、お金持ちは発想が違うわね」
「え、みんなで食べるためでしょう」
首を傾げるリリーに、「アイアはそういうとこ、あるわよね」呆れ顔になるカミラ。
それを見て「坊ちゃまの似顔絵つきカップ」を先に部屋へ置いてきて良かったと、リリーは心から思った。浮かれている気分を見透かされるのは恥ずかしい。
「楽しかったみたいで、よかったわ。気疲れでクタクタになって戻るかと思っていたから」
優しい仲良しは心配してくれたらしい。今日は頂くばかりだったけれど、次に街に出掛けたら自分のお金でカミラにも何か買って来ようと決めた。
「次にお出かけした時には、お土産を買ってくるから」
「次!? 次があるの?」
カミラが大きな声を出す。
「たぶん。『まだ見たりない』っておっしゃったから」
「アイア……」
天を仰ぐカミラを見て、何かいけなかっただろうかと自問するリリーに、心当たりはなかった。




