公子は街歩きをご所望です・5
「後はどこを見ようか」と聞かれたけれど、もう待ちあわせの時間が来ていた。楽しい時間は過ぎるのが早い。
「まだ見たりないのに、残念だね。また来よう」
次の機会が本当にあるのか、社交辞令なのかは、リリーには分からないけれど「はい」と返せば、イグレシアスは満足そうに頷いた。
案内されて昼食の料理店へ行く。ほぼ同時に着いたモリーナとカサスをエスコートしている男子の手元には、小さな紙袋があった。
リリーは思わず「あっ」と声を出しそうになって飲み込んだ。本当はお客様であるイグレシアスに、公国人のリリーが贈り物を買うべきだったのではないか。
この後は昼食を済ませたら、公子達三人は夜のご招待に備えて帰宅される。贈り物を選ぶ時間も買う時間もない。
案内役の大人と公子の三人で卓に着いたリリーは、マッシュポテトが喉に詰まりそうな気持ちになった。
お昼はボリュームのある牛フィレ肉をパイ生地で包んだものとマッシュポテトで、美味しいはずなのに一気に食欲が失せる。
「どうかした? 浮かない顔をして」
向かいに座るイグレシアスが、カトラリーを置く。リリーの迷いは他から見て分かりやすいようだ。言ってもいいのだろうかとためらうと、重ねて聞かれる。
「せっかくの楽しい気分を打ち消してしまったものは、なに?」
「……他のみんなは贈り物を買ったのに、私は気がきかなくてごめんなさい」
言って頭を下げる。「そんなこと」と安心したように気楽に返されるが、リリーにとっては大問題だ。
「顔をあげて」
声が近い。
そろそろと目だけを動かすと、イグレシアスは体を屈めてリリーの顔を覗くようにしていた。笑っている。
「あの包みはきっと男性から女性へと贈り物で、君の思うような『来訪者へのお土産』ではないと思う」
そうなのだろうか。リリーの目がくりっとしたらしい。同じように、イグレシアスも濃い睫毛に縁取られた目をくりっとさせる。
「だって僕もそうだから」
聞き違いかとリリーは顔を上げた。
「君の好きなお菓子は寮の皆さんと食べて貰おうと買ったものだ。ティーカップは、大公家を尊敬している様なのに安っぽい感じが面白くて、土産にとたくさん買ったけれど、君にひとつあげようと思っていた」
いつの間にか案内役は席を外している。
「今日時間をあけてくれたお礼に、もっとちゃんとした物を贈りたかったけれど、君が興味を示したのはあのカップだけだったから」
イグレシアスは、白い歯を見せて笑った。




