公子は街歩きをご所望です・3
他の二組は腕に手を添える形のエスコートなのに、リリーだけは公子と子供のように手をつないで歩く。
イグレシアスが「僕の国の普通はこれだ」と言うので。ご令嬢ふたりはもの言いたげにしたけれど、何も言いはしなかった。
公国にいる間は公国流にすべきだ、と諫めたかったのかもしれない。イグレシアスがふたりを視線で圧したのを、リリーは見逃さなかった。
案内役の大人に留学生三人と学院生三人。おそらく少し離れて見守り役が何人かいるのだろう。
見たいものもそれぞれだろうから、遠くへ行かなければ好きに歩いて良いと言われた。
男の子の行きたいお店って何だろう。お店の名前と位置は記憶していても、若い男性が好む店かどうかまでは、分からない。
必死に記憶を手繰るリリーの目に、菓子の名店の看板が飛び込んだ。足が止まって、イグレシアスの手を引っ張る形になる。
「どうかした? お菓子屋さんかな。欲しいの?」
並んで窓から店内を覗く。
「ここのリボンがキレイで、包装紙もお洒落なんです」
少し離れた台にのる包装済みの箱を指してイグレシアスに教える。
「へえ、本当だ。中身がお菓子とは思えないね」
でしょう? とリリーが得意気にする。
「昔、髪にお店のリボンを結ぶのが流行って。持っていた中で、みんなが羨ましがったのが、ここのリボンでした」
おじ様が集めてくれた中で、光沢のある白いリボンにお店のマークが入るこれが、一番大人っぽいと思っていた。
髪にお菓子屋さんのリボンを結ぶこと自体がいかにも子供らしいとは、全く考えもせずに。そう伝えると、イグレシアスは小さな子でも見るように微笑んだ。
「包装紙も何かに使うの?」
「包装紙は封筒にします。出す先があるわけでもないのに、つい作っちゃうので溜まってしまって」
作り方を教えてくれたのは、門番のおばさんだった。きちんとしたお手紙には使えないし、アイアゲートの両親に書く時に使うくらいでは、減らない。
「リボンと包装紙は、大きくなった今でも好きで、つい集めちゃうんです」
異国のお金持ち相手に、何を熱心に話しているのだろうと思うと我ながら可笑しくなる。
「よし、入ろう」
イグレシアスが扉を開けた。彼が入れば手を繋いでいるリリーも当然続く。
「どれが美味しいの? 君はどれが好き?」
聞かれてもとっさには答えられない。リリーは今バターと甘い香りを思い切り吸い込むのに忙しい。
「どれも、美味しいです」
初めて食べた時には、このビスケットより美味しいものに人生で出会う事はないと思った。
その後、次々に美味しいお菓子をおじ様が食べさせてくれて、他にも美味しい物はたくさんあると知ったけれど、ここのビスケットが美味しい事に変わりはない。
「では、その一番大きい箱を贈り物用に包んでもらおう。リボンもかけて」
癖のある発音も、さすがに店員は聞き取り、丁寧に返事をするとすぐに包み始める。
「お土産になさるのなら、半年もたつと味が落ちます」
お店の人に気を遣ってリリーが小声で伝えると、イグレシアスが顔を寄せた。額がくっつきそうだ。
「大丈夫、すぐなくなるから」
イグレシアスからは、お菓子とはまた違う濃く甘い香りがした。




